学校や職場で教わってきたことを絶対視すると危険な理由【認知の歪み】

この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • 学校の勉強を真面目にやってきた
  • 学校で教わったことは正しいと思う
  • 学校の勉強ができれば世の中が分かると思う
  • 学校が間違えたことを教えるはずがないと思う
  • 職場での教えを忠実に守ってきた
  • 職場で学んできたことが正しいと思う
  • 職場での常識が分かれば他の職場でも通用すると思う
  • 職場で教わったことが理解できない人はおかしいと思う
  • 自分が今までに教わってきたことが本当に正しい自信がある

本記事の内容

  • 学説はいくらでもひっくり返る
  • 道徳教育が争いと闇を生み出す
  • 教育の背景には利害が存在する
  • 民主主義が理想というバイアス
  • 資本主義が理想というバイアス

今回は学校や職場で教わってきたことを絶対視すると危険な理由について話します。

 

僕の観測上では真面目な人ほど学校や職場で教わってきたことを絶対的に正しいと思い込み、

  • 「これは正しい」
  • 「あれは間違っている」
  • 「こうでないといけない」
  • 「〜すべきだ」

を独善的に他人へ押し付けてしまいがちです。

自分が教わってきたことと違うことをする人を異物と見なすのです。

 

さすがにここまでひどくなくてもこれと似た傾向を持つ人は非常に多くいます。

というか、

 

よほど意識していない限り

全員と言っても過言ではありません。

 

なぜなら教わってきたことを無意識に正しいという前提で物事を考えてしまうから。

 

例えば学校では

「社会主義や独裁はあってはならない」

「資本主義はこんなに画期的で良いシステムである」

と思わせるような教育がされていませんでしたか?

 

詳しくは後述しますが、独裁で急成長を遂げている国もありますし

現在主流になっている資本主義には負の要素もたくさんあります。

でないと近代で社会主義勢力が世界的に広まるはずがないですよね。

 

また、知らない人にも親切にすべきだという考え方も盲信すると危険です。

日本は治安に恵まれているのでそれが通用しますが、

海外では知らない人への親切によって犯罪に巻き込まれることだってあるのですから。

いかにこれまで教わってきたことを絶対視してはいけないのかが分かりますよね。

 

本記事ではこうした絶対視とそれによって発生する認知の歪み(バイアス)について解説します。

 

特に後半では「民主主義と資本主義が理想的な社会である」という、

一般にありがちな誤解を解いていきます。

 

学説はいくらでもひっくり返る

教わってきたことを絶対視してはいけない理由の一つは

学説はいくらでもひっくり返るということです。

 

分かりやすい例を挙げましょう。

学校の歴史の授業で「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」で

鎌倉幕府成立が1192年であると教わってきた人も多いのではないでしょうか。

僕もそう教わってきました。

 

しかし現在の学説では1185年に鎌倉幕府が成立したというのが有力です。

実際に教科書も訂正されています。

 

また、日本人なら誰もが知る聖徳太子も実は存在していなかったのではという学説もあります。

厳密に言うと聖徳太子とされる人物はいましたが本当にその人が数々の偉業を成し遂げたとは考えられにくく、

一般的に認識される聖徳太子は作り上げられた存在に過ぎなかったのではないかと言われています。

参考:あの「聖徳太子」が教科書から姿を消すワケ

 

このように学説はいくらでもひっくり返るので

自分が学んできた常識は間違っているかもしれないという認識が必要です。

 

道徳教育が争いと闇を生み出す

教科書以外にも絶対視すると危険な教育があります。

それは学校によくある道徳教育です。

 

学生がぼっちを怖がって便所飯したり、仲間外れが怖くて学校に行けない

という話を聞いたことがありませんか?

僕はさすがに便所飯はしてないものの仲間外れが非常に怖い時期がありました。

 

この原因について考えていくと道徳教育が挙げられます。

昔から学校では「友達をたくさん作ろう」とか「みんなで仲良くしよう」といった教育がされます。

 

ところがそういう道徳を植え付けられると

  • 「仲良くできないあいつは異常者だ」
  • 「友達のいないあいつはキモい」
  • 「コミュ力のない奴は終わってる」

といった悪者探しの風潮ができてしまいます。

道徳教育が集団を排他的にさせてしまうのです。

 

これと同じように学校では「あいさつ運動」もよくやりますがこれをやると

「挨拶をしない人間は悪なので叩かれるべきだ」という思想ができてしまい、

集団で誰かを叩くのを正当化させてしまうのです。

しかもそのような状態でみんなが挨拶するのは自発的なものというよりも

自分が叩かれないために仕方なく挨拶をする風潮になってしまいます。

 

これは社会心理や脳科学にも繋がる話なので詳細はこちらの記事をご覧ください。

あわせて読みたい

倫理・道徳・正義感が人間を悪くさせる理由【皮肉な社会心理と脳科学】

 

あと学校に限らずですが、世の中に過剰な不倫バッシングが多いのも同じ仕組みです。

不倫しないことが道徳的に正しいと絶対視するからこそ不倫者を集団で叩きたがるのです。

しかし考えてみてください。

一夫一妻制が当たり前になったのは歴史的に見ても最近です。

 

実は日本では一夫一妻制が始まってまだ100年程度しか経っていません。

戦国大名や公家には側室(そくしつ)と言って二番目の奥さんや三番目の奥さんがいました。

しかし、明治維新の頃に福沢諭吉が日本に欧米文化(キリスト教的な男女平等思想)を取り入れ、

一夫一妻制が日本に浸透することになりました。

 

日本に限らず様々な地域にせよ時代にせよ、一夫一妻制以外(一夫多妻・多夫一妻・多夫多妻)が

その環境で生存していく上で合理的に選択されてきたのです。

そう考えると不倫が悪という貞操観念は後付けに過ぎないことが分かります。

これも道徳が不倫バッシングという争いを生み出している例になりますね。

 

教育の背景には利害が存在する

学校にしろ職場にしろ教育の背景には利害が存在します。

歴史の教科書であれば特定の歴史人物が礼賛(らいさん)され、

他の歴史人物が教科書に出てこない・目立たない・悪者と見なされたりします。

 

特に新たな時代を作り出した人物(徳川家康、坂本龍馬、ナポレオンなど)

が評価されている傾向にあります。

ここで考えてほしいのですが彼らは勝者の立場です。

勝者がいるということは敗者もいるわけで、敗者に優秀な人物がいたとしても

勝者が歴史を塗り替えた時点で敗者側の人間は悪者になります。

 

「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉にもある通り、

勝者が正義と見なされて敗者が不正、すなわち悪になります。

そして勝者に都合の良い記録が残って歴史の教科書ができあがります。

そう考えたら歴史教育の背景には勝者の利害によるバイアスだらけだと思いませんか?

もしも倒幕が失敗したとしたら幕末の志士たちはかなりの悪党とされていたことでしょう。

 

学校の話が多くなったので職場の話もします。

職場で教わる価値観もかなり利害が存在するのです。

 

営業マンが研修などで学ぶ自己啓発や精神論、職場の常識などは

その営業会社の売り上げを伸ばすのが目的で教育されているので

そこで教わる内容を絶対視するのは危険です。

 

僕もいろんな生命保険の営業マンとお会いする機会がありましたが

自社の研修または上司の勧めるセミナーで学んだ自己啓発を

人生や幸せというものにも当てはめて過度な一般化をしている人が多い印象でした。

会社が教育する自己啓発なんて会社の利益が目的なのであって、

そこに個人を幸せにする目的はありません。

 

繰り返しますが

学校や職場で教わることは背景に利害があるため絶対的に正しいものではありません。

 

民主主義が理想というバイアス

学校の教育では

  • 大正デモクラシー
  • 自由民権運動
  • 近代化(欧米化)

といった言葉が教科書に並ぶことで

民主主義が絶対的に正しくて理想であるという錯覚を起こしがちです。

近代化という言葉も欧米化を意味するので「欧米=先進的」という考えが根底にあります。

 

また、義務教育のカリキュラムが戦後にGHQのマッカーサーによって作られたことと

日本政府が親米であることからこうした思想が根強いことが考えられます。

 

しかし現在の日本は民主主義によって国家の発展が非常に鈍化しています。

なぜなら高齢者が多いので「シルバー民主主義」と化しているから。

高齢者に媚を売る政策に偏ってしまいがちで教育やIT技術にお金が回りません。

シルバー民主主義については以下の記事で解説しています。

あわせて読みたい

社会や世の中を変えるのは諦めた方がいい理由【個人主義に生きる】

 

そもそも民主主義は「衆愚政治」と言って大衆を扇動する政治になりがちです。

大衆は教養がなかったり頭が悪いもので、知識人は少数派になります。

要するに大衆の感情を揺さぶって味方につけるのがうまい政治家(トランプとか)が得するのです。

韓国では大統領が国民から人気を集めるために反日煽りをしやすいという構造もあります。

 

また、民主主義は常に国民の機嫌を伺ったり選挙を繰り返さないといけないので

必然的に政府の動きが遅くなります。

 

今日では独裁国家で急成長している国としてはシンガポールと中国が挙げられます。

シンガポールは「明るい北朝鮮」と言われているのですが

李光耀(リークアンユー)という優秀な指導者によって

たった50年ほどで高層ビルが並び、先進国と肩を並べる国家となりました。

独裁国家だからこそ、ここまでのスピードで急成長できるのです。

 

中国は共産党主導でIT企業を優遇する政策をハイスピードで進めることができます。

僕が度肝を抜いたのは半年ほど前に深セン(「中国のシリコンバレー」と呼ばれるIT都市)で

所得税を大幅に優遇する政策を取ったことです。

参考:深圳市が人材獲得策として、所得税を大幅優遇。最高45%が15%に

 

しかもファーウェイ創業者が

「海外にいる優秀な人材が中国に帰ってきても、中国は税金が高いのでもったいない」

という発言をした4日後にこのような優遇政策の発表がされているのですから

民主主義国家ではありえない決断の早さが伺えます。

 

また、最近話題のコロナウイルスに対する中国政府の動きも非常に迅速です

(SARSの時の反省もあると思いますが)。


このように見ていくと、

民主主義が絶対的に正しくて独裁が悪であると決めつけるのは誤った見方だと思いませんか。

確かにソ連や北朝鮮のように多数の餓死者を出すといった悪い例もありますが

独裁者が優秀であればむしろ現在のシンガポールや中国のようにハイスピードで発展できる可能性もあるのです。

 

総じて言えば、民主主義は極端に危ないこともないが急成長もしないという無難な思想で

独裁は優秀な指導者とそうでない指導者によって大きく左右される劇薬な思想といったところでしょうか。

 

学校の教育ではこのような独裁のメリットについては学ばないものなので

民主主義偏重な思想が無意識に生み出されます。

 

資本主義が理想というバイアス

資本主義についても民主主義と同じく欧米的な価値観で主流になっています。

 

資本主義の反対は社会主義(または共産主義)になるのですが、

社会主義と共産主義は「国民に富を平等に分配する」という考えがあるので

それを管理する独裁者が必要になってきます。

なので社会主義と共産主義については前述した独裁国家に関する部分とも重なります。

 

ただし、富を平等に分配する構造を作ると真面目に働く労働者がいなくなってしまうので

ベーシックインカムで国民全員に数万円を分配する仕組みを作るといいのではないでしょうか。

これについてはホリエモンとひろゆきさんが財源を計算した上で提唱しているので

彼らの主張を調べていただければなと思います(僕はベーシックインカム賛成です)。

 

資本主義の是非に関してですが、これも日本の親米教育によって正しいと見なされてますが

僕たちが生きていく上で感じる理不尽さや苦しみは資本主義の構造によって生み出されていると言えます。

当ブログでもこれまでに何度も資本主義による弊害を記事にしてきましたので、

それらの記事をご紹介させていただきます。

あわせて読みたい

資本主義によって生まれた世の中の理不尽さについての解説

不公平や不平等という概念そのものをなくすべき理由【公正世界仮説】

 

マルクスの資本論を基に資本主義の弊害を解説

会社員にはラクして稼げる仕事が存在しない理由【マルクスの資本論】

 

資本主義によって人間関係が世知辛くなったことについての解説

【ビジネスで独立したい人へ】優しい人に注意しないと騙される理由 安易に人間を信じない方が良い理由【疑心暗鬼がちょうどいい】

 

以上の理由から、資本主義は学校で教育されているほど理想の社会とは言えず

社会主義や共産主義よりはマシだよねというレベルと言えます。

資本主義の欠点を少しでもカバーする意味でベーシックインカムは画期的ではないでしょうか。

 

学校の勉強を真面目にしてきた人ほど資本主義偏重してしまう気がします。

こうした話はなかなか聞く機会が無いですからね。

 

まとめ

  • 学説はいくらでもひっくり返る
  • 道徳教育が争いと闇を生み出す
  • 教育の背景には利害が存在する
  • 民主主義が理想というバイアス
  • 資本主義が理想というバイアス

今回は学校や職場で教わってきたことを絶対視すると危険な理由について話しました。

 

随分と濃い内容かつ歴史や政治の話ばかりになってしまいましたが、

なかなか普段触れることのない価値観が多かったと思います。

学校教育の話がメインになりましたが、職場教育でも同様のことがいくらでも言えます。

 

これまでに教わってきたことを絶対視すると無意識に認知の歪みが発生し、

未知の価値観に触れようとせずに異物として遠ざけていたのかもしれません。

自分が教わってきたことはあくまで利害やバイアスがかかったものであり

正しいとは言い切れないという認識は持つようにしましょう。

もちろん僕が話すことも絶対的に正しいとは限りません。

 

世の中にはまだまだ我々が知らない真実がいくらでもあります。

この姿勢は「無知の知」と言うもので、本当に頭が良い人はこれができているのです。

無知の知について知りたい、できるようになりたいという方は以下の記事をご覧ください。

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「無知の知」ができると人間関係が円滑になる理由【あなたは大丈夫?】

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