過去の嫌な人を許す必要はない理由【綺麗事と自己陶酔に浸るな】

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この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • 絶対に許せない人がいる
  • 思い出すだけではらわたが煮えくり返りそうな人がいる
  • できることなら復讐したいレベルの人間がいる
  • いじめられた経験がある
  • 毒親に虐待された経験がある
  • 詐欺に遭ったことがある
  • パワハラを受けたことがある
  • たくさんの理不尽な目にあってきた
  • 法律さえなければ既に刺し◯していた人間がいる
  • 許すべきという綺麗事が嫌い
  • 許す必要があるのか疑問である
  • なぜ嫌な人を許さないといけないのかが分からない
  • 自己啓発が大嫌い

本記事の内容

  • 許すという気持ちは無理に持たなくていい
  • 怒りの感情は勇気と行動力を与えてくれる
  • 毒を持ちつつ誇り高く生きないと弱者のまま

今回は過去の嫌な人を許す必要はない理由について話します。

自己啓発の世界でよく「相手を許すべきだ」という慈悲深さが大事だとされていますが

僕は全くそう思いません。

むしろ許さない方がいいとさえ思っています。

当ブログは綺麗事よりも論理というスタンスでやっていますので

こうした綺麗事を叩き斬っていこうと思います。

 

これまでもいろんな記事で話していますが優しい人は自己啓発に毒されすぎです。

自己啓発も結局は金儲けのビジネスに過ぎないので目を覚ましませんか?

というわけでこれから解説していきます。

 

※本記事はいつもより感情的な書き方をしていて少々過激な表現があることをご了承くださいませ

 

許すという気持ちは無理に持たなくていい

許すという気持ちは無理に持たなくてもいいです。

一応前もって言いますが、

許すという慈悲の感情は心理学的に見ると精神安定に繋がります。

どんなに許すことが辛くても精神安定したいのであれば許せばいいのではないでしょうか。

 

ただ、精神安定が目的でないなら許す必要はありません。

考えてみてください。

もし今またその人から同じ目に遭わされたら許しますか?

許せないぐらいに嫌なことをまたされるわけですから考えるだけですごく嫌ですよね。

 

許そうと思えていたのは昔のことだから時が経って当時の苦しみが緩和されただけであり

今また当時と全く同じ苦しみをさせられたら許す余裕がないでしょう。

 

結局のところ許すというのは綺麗事でしかないのです。

 

安易に許すことは昔苦しんでいた自分を否定し、自分の感情を無視するということなのです。

 

しかも許したところでそういう人間はまたレベルの低いことで不快な思いをさせてくることは十分に考えられます。

その度にいちいち許したり、あるいはその場で仲直りしていてもまた同じような目に遭いかねません。

低レベルな人間は思考の次元が低いのでまた低レベルな問題を起こしてきます。

あわせて読みたい

喧嘩した後に仲直りすべきかどうか問題【関係修復の必要性について】

 

そう考えたらいちいち許す意味ってあると思いますか?

許したところでまたその気持ちを踏みにじられるのですから。

いっそのこともう許さず、

二度とこういうレベルの人間と関わらないようにしようと考えた方が得策ではないでしょうか。

 

許している自分の慈悲深さに酔っていたところで何の解決にもなりません。

そもそも低レベルな人間はそこら中にいるのでいちいち許そうとしてたらキリがありませんし

そんなモグラ叩き的な対症療法をすることに意味はありますかね。

だったら始めから低レベルな人間と同じ環境にいなくて済むように自分のレベル上げをすればいいのです。

許す気持ちは安売りせずもっとレベルの高い人に捧げましょう。

 

僕の場合、法律さえなければメッタ刺しにしたいくらい許せない人間がたくさんいるのですが

その気持ちは忘れないようにしています。

もしも怒りの気持ちを忘れ、平和ボケして凡人と群れていたら僕はかなり退化していました。

あんな嫌な思いをしたのに脳内お花畑に生きていたら

過去の経験を無駄にすることになりますし、過去の自分に申し訳が立たなくなりませんか?

 

会社や自己啓発セミナーやマルチ商法のグループ内で

頭の中がお花畑になって馴れ合いしている人のレベルを見たらもうお察しではないでしょうか。

 

そうやって低レベルな人に時間を浪費するなんて自分の安売りをしていることになりますし、

もっと言えば人生を安売りしています。

 

もう綺麗事や茶番は止めませんか?

 

怒りの感情は勇気と行動力を与えてくれる

怒りの気持ちは勇気と行動力を与えてくれます。

自己啓発業界は怒りを悪者扱いして避けようとしますが怒りがないと健全に生きていけません。

そして怒りがないと自分の運命を変えることもできません。

フランス革命も黒人の公民権運動も、ガンディーの塩の行進も全て怒りが原動力でした。

このことについては以下の記事で話していますのでここでは割愛させていただきます。

あわせて読みたい

あなたに勇気と行動を呼び起こす方法【感情の上手な使い方】

 

毒を持ちつつ誇り高く生きないと弱者のまま

嫌な人を許したり仲良しごっこすると自分が弱体化します。

許すのをやめて、くだらない人間と仲良しごっこするのもやめて、

もっと誇り高く生きませんか?

 

僕は許せない人から連絡が来たら内容を問わず無視かキツい皮肉を返すようにしています。

集まりの中でその人と同席したら、他の人との会話で話を広げることはあっても

その人との会話では広げません。

 

このくらい毒を持たないと、今の日本みたいに優しさを美徳に弱腰になって大国にいじめられます。

あわせて読みたい

優しい人は損するのか問題【優しさは捨てる方がいい?】

 

繰り返しますが、

許せないほど憎いんだったらもっと自分が強くなって

そういう低レベルな人間と関わらない世界に行けばいいのです。

そこでいくらでも見下すことはできるのですから。

 

今は自分の価値が低くてもこれからどんどん上げればいいのです。

自分の価値は自分で決めないといつまでも低レベルな人と同じ環境にいることになります。

「許す」とかいう綺麗事や自己陶酔に浸らず

もっと誇り(見栄のプライドではなく誇りのプライド)高く生きて強くなりましょう。

自己啓発教に洗脳されている場合じゃないですよ。

 

弱者を卒業したいなら嫌な奴を許さないこと。

この憎しみを忘れずに低レベルな人間と一線を画してレベルの高い世界に行く努力をすることです。

怒りの感情は自分を変えるために使いましょう。

怒りを消して生きたら凡人になり下がります。

 

ちなみに「筋トレで全てを解決する社長」で有名なTestosteroneさんは以下のツイートをされています。

僕も彼の考えに完全同意です。

僕だってさすがに1~2回目は許すのですが、何度も繰り返されると敵と見なすので絶対に許しません。

やはり世の中には許してはいけない人間というのが存在するものなのです。

優しさや慈悲深さで平和になることはできません。

 

まとめ

  • 許すという気持ちは無理に持たなくていい
  • 怒りの感情は勇気と行動力を与えてくれる
  • 毒を持ちつつ誇り高く生きないと弱者のまま

今回は過去の嫌な人を許す必要はない理由について話しました。

僕の主観が強めな記事になりましたが

実際に僕は過去に受けてきた屈辱を忘れていませんし

誰よりも悔しい思いをしてきた分、もっと強くなると自分に誓っています。

 

もう意地なので誰かに管理されなくても勝手に一人でやるべきことをこなしています。

もしも僕が過去の人間を許して脳内お花畑になっていたら凡人のようにダラダラ過ごしていたかもしれません。

 

悔しい気持ちは絶対に忘れないようにしましょう。

自分のレベルが低いことでそういう人間と出会ってしまったのだから、

許すことで現実逃避するなんて言語道断です。

もっともっと自分のレベルを上げて、あとで思い切り見下せるようにがんばりましょう。

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自己啓発あるあるを論破してみた【綺麗事に騙されるな】

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