飲み会は害悪である理由【飲みニケーションという日本の悪習】

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この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • 会社の飲み会が苦痛である
  • 飲みニケーションが大嫌い
  • 飲み会で上司の自己満に巻き込まれたくない
  • 飲み会に行きたくない
  • 飲み会に行っても孤立、行かなくても職場で孤立してしまうジレンマ
  • 飲み会を断れなくて困っている
  • 飲み会のセッティングを任されて面倒臭い
  • 飲み会が誰得なのか分からない
  • 飲み会なんて滅びればいいのに
  • 飲み会が好きなので、嫌いな人の気持ちを知りたい

本記事の内容

  • 飲み会に関するネット上の声
  • 飲み会が苦痛で害悪な理由
  • 飲み会嫌いとコミュ障は別物
  • 飲み会はやりたい人だけでやればいい
  • 飲みニケーションよりもコミュニケーションが大事

今回は会社員の誰もが経験する「飲み会」をテーマに話します。

学生にとっては飲み会は楽しいものですが、社会に出ると飲み会が苦痛に思える人が続出します。

僕もそのうちの一人です。

 

学生ならサークルによりますが会社の飲み会と違って気遣いのプレッシャーや強制参加の空気感が基本的にありません。

仲良い友達同士で飲むことができて楽しいでしょう。

 

しかし会社となると様々な年齢層・役職・立場・利害関係者と飲むことになります。

すると共通の話題を見つけるのも難しく、どこまで気を遣わなければいけないのかも考えないといけません。

また、友達同士で集まったサークルとは違って気が合わない人とも付き合うことになります。

 

なので学生時代の飲み会のように純粋に楽しむことが難しいんですね。

今回はそんな飲み会がなぜ害悪なのか、なぜ飲みニケーションが悪習なのかについて解説していきます。

 

飲み会に関するネット上の声

飲み会に関して賛否両論あると思いますが、やはり否定的な考えが優勢な印象です。

「居ない奴の悪口大会。あーやだやだ」「下戸でコミュ障だから飲み会は死ぬほど嫌」

引用元:飲み会が苦痛な人達の悩み「行けば孤立、行かなくても職場で孤立」「気配消して1次会で帰ろう」

 

こちらの引用元の記事はタイトルの

「行けば孤立、行かなくても職場で孤立」

というネーミングが的を射すぎていてツボです笑

 

この記事の筆者曰く、2ちゃんねるのスレもにぎわっているとのことです。

とはいえ、2ちゃんねるの利用者は40代あたりの中年層が多いと言われているので

中年層にとっても飲み会を嫌だと感じる人が意外と多いことが分かります。

 

ちなみに飲み会を楽しいと感じる人が2ちゃんねるでこんなことを言い出したそうです。

「タダ酒飲んでバカ騒ぎして最高やで 酔った上司の説教は適当に聞き流しとけばええし」

これに対して以下のような反論が続出しました。

「自分の時間を会社に捧げて金までとられるというね…」
「時間 金でも無く気を遣うでもなく、ただただこの要素に尽きる」

引用元:会社の飲み会はなぜ嫌? 「タダ酒飲んでバカ騒ぎできるのに」に反論相次ぐ 「サービス残業の方がマシだわ、金も減らないし」

 

こう見ると反対意見がやはり優勢に思えます。

一応僕の方で飲み会賛成派の意見をいろいろと調べてみましたが、自己満の要素が強く、

反対派の方が論理的かつ現実的な発言をしていた感がありました。

 

また、Twitterでも面白いツイートが最近出回っていました。


いやあ、不覚にも笑ってしまいましたw

なんだか鮮明に想像できますね笑

僕も思わず拡散してしまいました。

 

こういったおっさんはだいたいそれなりの役職に就いているので反発すると職場で理不尽な目に遭わされたり

居心地が悪くなる可能性があるので逆らえないというハラスメントですよね。

パワハラと本質は一緒です。こういうおっさんには絶対になりたくないですね。

 

また、こういった興味深い考察もありました。

要するに

「飲み会」そのものが誰得

という話ですよね。

 

ネットでこんなに飲み会を嫌がる人が多いのは明確なのに、

それを「相手が望んでいる」と勘違いしているのはネットに疎い年代で

そういった年代の人による慣習で惰性的に若い人も飲み会をやる前提になっているのではないかと。

僕はそういうふうに考えています。

 

飲み会が苦痛で害悪な理由

もう上記の通りという感じですが笑

僕の意見を含めた上で飲み会が苦痛で害悪な理由を話していきます。

 

まず、僕は飲み会が嫌いです。

仲良い人と久しぶりに飲みにいくのは楽しめるのですが、

「飲み会」となると話は別です。

 

普段会えないような凄い人の、自分のためになる話を聞けるならいいですが

いつも会うような人と話したところで何も得られるものがないんですよね。

結局はだらだらと時間が過ぎるだけでしまいには

  • 説教
  • 自慢話
  • 愚痴
  • その場にいない人の悪口
  • 仕事ができない言い訳
  • 「あの子がかわいい」
  • 「いつ結婚する」「婚期を逃した」

といった無益な話が続くのがほとんどです。

こうした、得られるものがない惰性的な飲み会は断る方が得策と言えるでしょう。

これに5000円払って2~3時間を無駄にするのであれば自分の好きなことに集中したり

副業に打ち込んだり、読書したり、自宅で寝ていた方がよっぽど生産的です。

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とは言っても人目を気にする人や気弱な人にとってはこれがなかなか難しく

  • 「断ったら飲み会で自分の悪口が言われるんだろうな・・・」
  • 「断ることで職場で孤立したら嫌だな・・・」
  • 「そもそも断ること自体が怖い」

と気にしてしまうものです。

飲み会に参加してもつまらなくて、会話に参加できずに孤立する恐れもあるし

だからといって断っても職場で孤立する恐れがあるというジレンマに襲われるのです。

 

この非生産的で苦痛な「飲み会」文化は害悪以外の何者でもありません。

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飲み会嫌いとコミュ障は別物

中には

  • 「飲み会嫌いを克服しよう」
  • 「飲み会を好きにならなくちゃ」
  • 「コミュ障を克服しなくちゃ」

と頑張る真面目な人もいらっしゃいますが

 

結論から言うと、

無理に好きになる必要はありません。

 

というか飲み会嫌いとコミュ障は別物です。

僕はコミュ障ではありませんが飲み会が嫌いです。

 

「飲み会を楽しめないのは自分がコミュ障だからだ」と悩んでいた時期が昔にありましたが

今となって、コミュ障ではなく単に面倒なだけだと気づきました。

というのも

飲み会で仲良くもない・好きでもない・興味もない人のプライベートな話なんでどうでもよくないですか?笑

それを聞いたところで僕の人生が良くなるわけでもないですし。

 

でも

興味のあるふりをして話を聞いたり質問してうなずいたりリアクションを取らないといけないという拷問。

疲れるし、お金と時間の無駄でしかありません。

なんならこれもサービス残業に含めてほしいぐらいです。

 

僕はそうやって楽しんでいる演出をし続けて消耗することに嫌気がさしたので飲み会が嫌いなのです。

別にコミュ障だからではありません。普通に面倒くさいだけです。

 

要するに

仲良い人との「飲み」は好きですが、「飲み会」は嫌いです。

なぜなら後者では仲良くもない人と無理やり仲良しごっこさせられるから。

 

もしも飲み会嫌いな人が「自分はコミュ障だから・・・」と悩んでいるのであれば

 

それは本当にコミュ障だから?

と考え直してみると良いと思います。

 

僕もかつては自分を責めてばかりでしたが、周りと違う自分を否定的に捉えるよりも

自分がどういう気質なのかを考えてみるといいんじゃないかなと。

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飲み会はやりたい人だけでやればいい

飲み会についてボロクソに叩きましたが、禁止にするべきだとは思いません。

やりたい人はやればいいんじゃないでしょうか。

そういうのを楽しめる人種も世の中にはいるのですから人それぞれです。

個人的にはそういう人は暇人で群れるのが好きな薄っぺらい人間が多いと感じますが

(これ以上言うと怒られるのでこの辺にします笑)。

 

好きでやるのは自由ですが、興味のない人を巻き込まないでほしいものです。

話が少しそれますが

 

高校の文化祭や体育祭といった学校行事も、やりたい人だけやればいいのにと思います。

学校行事に一切興味がなくて受験勉強に集中したい人もいるので

そういう人を無理やり同調圧力で強制させたところで嫌々やられることになりますし

そうすると本気で文化祭や体育祭を盛り上げたい人にとっても邪魔な存在になってしまいます。

もはや誰得状態ですよね。

 

こうやって個人の意思による選択権がない、同調圧力で強制される風潮は

日本を衰退させる元凶なんじゃないかと思っています。

飲み会文化はあくまでもこうした風潮の一部にすぎません。

 

飲みニケーションよりもコミュニケーションが大事

次はちょっと視点を変えて「飲みニケーション」の有効性について話します。

飲みニケーションという文化が日本で生まれた背景について考えてみたのですがおそらく以下の要因が挙げられるでしょう

  • 本音と建前の文化によるもの。飲み会で本音を探りたい
  • 欧米のドライな雇用形態とは違い、日本では家族付き合いのような雇用形態である
  • 日本食は全体的にしょっぱい味付けが多く、お酒と相性が合うので飲み文化が普及している

最後のは飲みニケーションと言うよりも飲み文化そのものの話になっていますが笑

余談ですが日本食は実は塩分過多になりやすい(漬物、醤油、味噌汁、煮物など)ので

地中海料理の方が健康的なのではと個人的に思います。

 

話を戻して、飲みニケーションの有効性についてですが

結論から言うと

全く有効でない

と言えるでしょう。

 

飲みニケーションをすることで親睦を深めて仕事をより円滑にしていこうという狙いがあるのかもしれませんが、

その結果、現在どうなっていますか?(上記のネット上の声を見ましたよね)

 

飲み会をすることで仕事の生産性が上がって日本の景気は良くなっていますか?

飲みニケーション文化のない国は衰退していますか?

 

この時点で飲みニケーションに有効性がないことは証明されているのです。

飲み会では良い上司でも仕事の時は嫌な上司なんて普通にいます。

 

飲み会で仲良くなれば仕事でもその人とうまくいくなんて勘違いでしかありません。

あなたもそういう心当たりはありませんか?

 

飲み会での仲良しごっこと仕事は別物です。

飲み会で仲良くなったところで仕事にプラスにならず

逆に飲み会で気遣いができないなどの失態を犯せば仕事でマイナスになる。

 

自分にとって不利にしかならない状況に追い込まれるのが飲みニケーションです。

しかもお酒が飲めない人はなおさら不利です。

アルコール自体が体に毒ですし、

個人的には自分の体を犠牲にしてまで興味のない人とコミュニケーションはとりたくありません。

 

本当に大事なのはお酒のない普段のコミュニケーションではないでしょうか。

それができないのを言い訳にお酒に頼る時点で相当レベルが低いのでは笑

普段言えないことをお酒の力を使って言わせる。

ますます風通しの悪い劣悪な職場環境ができあがると思いませんか?

 

まとめ

  • 飲み会に関するネット上の声
  • 飲み会が苦痛で害悪な理由
  • 飲み会嫌いとコミュ障は別物
  • 飲み会はやりたい人だけでやればいい
  • 飲みニケーションよりもコミュニケーションが大事

今回は日本の悪しき文化である飲みニケーションについて話してきました。

もちろん飲み会自体は禁止にする必要はないのですが、

やりたい人だけでやればいいのになぜ興味のない人を巻き込むのかに疑問を感じます。

 

それは飲み会に限らず学校にいた頃から当たり前にあった同調圧力の弊害なんじゃないかと思っています。

特に日本は島国で人口密度が高いですから、狭いコミュニティ内で誰かに嫌われると孤立してしまいやすい環境です。

 

学校でも職場でも同調しない人は干されます。

学校だと「言うことを利かない悪い子」、

職場では「わがままで調子に乗っている」という烙印を押されかねません。

 

大陸の国であれば様々な人種が混在しているので日本ほどの閉塞感はおそらくないのでしょうね。

「あの人はこういう宗教だから」という気遣いもしてくれると思います。

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