現代で幸せになるのは昔より難しい説【宗教と幸せについて】

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この記事は以下の悩みを持つ人にオススメです。

  • 世の中の原理原則を知りたい
  • 物事を達観して考察したい
  • お金のために仕事で消耗する毎日に疑問を持っている
  • 本当の幸せや幸せのあり方を知りたい
  • 宗教って何のためにあるのか分からない
  • 幸せになるためのヒントが欲しい
  • 人生や社会とは何かをいつも考えている

こういった人たちの悩みを解決していきます。

 

その前に、

そもそも「幸せ」について偉そうに語るお前は何者でどういう立場だよ?

と言われてしまいそうなので軽く話したいと思います。

 

僕は大学受験の世界史をきっかけに歴史や宗教、国際ニュースに興味を持つようになりました。

今の世の中に起こっている戦争や事件・出来事・文化・思想は全て歴史の繰り返しであり

その歴史ができるのにも地理的要因や人間心理、宗教など様々な要因が絡み合っていることが分かりました。

 

また、僕が進学した早稲田大学社会科学部は専攻というのがなく

政治・経済・法律・文学・哲学・歴史など様々なジャンルから好きな授業を受講して

社会問題に対して多角的な視点で考察するのがコンセプトの学部でした。

 

こういったこともあって日常を常にいろんな視点で見る癖がついていました。

物事が全て3Dになって見えてくるような感覚です。

 

それだけでなく在学中に営業を始め、のちに社内でトップの成績をキープする

トップ営業マンとして活動するようになってから

様々な業界の社会人と直接関わるようになり

人間の心理や欲望、世の中の仕組み、組織の移り変わりを見てきました。

洗脳現場詐欺などの生々しい出来事にも数多く触れてきました。

 

このようなことを経験してきた僕が自らの知見を頼りに「幸せ」について考察していくのが

今回の記事です。

 

この記事を読む前に前回の記事を読んでいただけるとより理解が深まると思います。

と言っても、読まなくても分かるように説明していくので物好きな人はどうぞ(^^)

「金持ち=幸せ」ではない理由【幸せのあり方を考える】

「金持ち=幸せ」ではない理由【幸せのあり方を考える】

 

さて、

今回の記事で言いたいことは

「現代で幸せになるのは昔より難しい」

ということです。

 

IT技術の革新でますます便利になっている現代がなぜ幸せになりにくいのか

その理由についてまとめていきます。

 

本記事の内容

・昔は宗教の教え通りに生きていれば良かった

 

・昔は宗教のおかげで犯罪抑制ができていた

 

・昔は何かあれば全部神様のせいにすれば良かった

 

・昔はみんなと同じことをすればそれなりに良い生活ができた

 

・現代では知りたくないことを知ってしまう

 

・現代ではコンプレックスを刺激する広告に踊らされる

 

・現代では幸せのあり方をメディアや広告に洗脳されてしまう

以下で具体的に解説していきます。

4分ほどで読み終えるのでぜひ最後までお付き合いくださいませ。

大事な前提

幸せは精神的なものである

金持ち=幸せ

ではないのは先ほど紹介した前回の記事の通りです。

詳しくはそちらをご参照くださいませ。

 

簡単に復習すると、

幸せのあり方が豪遊すること

というのは現代における洗脳です。

 

幸せは物質的に恵まれるよりも精神的なものであると言えます。

この前提に立ってこれから話していきます。



現代で幸せになるのは昔より難しい説

昔は宗教の教え通りに生きていれば良かった

 

「宗教ってなんのためにあるの?」

「宗教って気持ち悪い・・・」

と思う人も多いはず。

 

でも宗教って実は人間が幸せになり、社会が成り立つためにはかなり合理的な仕組みなんです。

(ちなみに僕はどこの宗派にも属していません。あくまでフラットに述べていきます)

 

まずは現代で考えましょう。

会社員なら

  • 早起きして満員電車での通勤
  • 無意味な会議
  • 理不尽な上司
  • 長時間の残業

が日常茶飯事なわけです。

 

こうやって消耗していると

「何でこんなに働かないといけないんだろう」

「何のためにこんなに苦しまないといけないんだろう」

になってきます。

 

ここで耐えられる人は何かしらの目的意識を持っている人で

  • 家族を養いたい
  • 昇給、昇格したい
  • 仕事ができるかっこいい大人になりたい

と頑張れますが

全員が全員、目的意識を持って仕事できるわけではありません。

何も目的がなければ人生が苦痛しかなくて絶望してしまいます。

 

ところが宗教があったらどうでしょうか。

昔の人も農作業や肉体労働が過酷だったに違いありません。

しかし彼らは宗教の教え通りに正しい生活を送れば死後に報われると信じているから頑張れていたのです。

 

浄土宗(仏教の宗派)なら極楽浄土

キリスト教なら永遠の安息につける天国

イスラム教なら美しい処女とごちそうを好きなだけ楽しめる楽園

お釈迦様に至っては生きること自体が苦しみであるから解脱しましょうとまで言ってます。

 

いくら生きることが苦しくて恵まれなくても、正しく生きて死んで幸せになるという目的意識が

教徒全員にあったので誰でも幸せになるためにがんばれたのです。

 

それで庶民がいくらでも動いてくれるので統治者にとっても都合が良く

みんなにとってwin-winだったわけです。

これは合理的ですね笑

昔は宗教のおかげで犯罪抑制ができていた

さて、先ほどの天国の話とは逆に

「正しく生きないと死んだら地獄に行きますよ」

恐怖心を植えつけることで

生活に苦しむ人でも犯罪を抑制させることができていました。

 

どんなに飢えていても人のものを盗んだり、人を殺してしまえば

あなたが死後に苦しみ続けることになりますよ

と脅すことで社会の秩序が保たれて平和になります。

 

もしも宗教がなければ略奪殺人が横行して

まともに商売も農作業もできずに社会も成り立っていなかったでしょう。

 

現代では科学技術の発展で神様が存在しないという考えが主流になってきましたが

そうすると地獄なんて怖がらずに平気で犯罪を犯す人が出てきますよね。

 

こういった治安や倫理的な意味でも現代は大変です。

日本は島国で犯罪者が海外に逃亡するのが難しいから平和ですが

海外と地続きになって逃げられるアメリカやメキシコ、ヨーロッパは治安が悪くなりがちなので

彼らは宗教を信じないで生きる人間を危険人物だと思ってしまいます。

昔は何かあれば全部神様のせいにすれば良かった

  • 理不尽な境遇
  • 伝染病
  • 風邪
  • 自然災害

これらのネガティブな出来事があったときも

宗教があれば全て神様のせいにできていたので難しい理屈を考える必要がありませんでした。

 

不遇な人がいても「あなたの行いが悪い」

災害があっても「神様に逆らった罰だ」

 

と何でも神様に結びつけてしまえばラクですし

そういったネガティブな出来事を庶民の見せしめにすれば

庶民はビビって悪いことをしなくなるのです。

 

何かあれば神様のせい。

そのほうがみんなが余計なことを考える必要がなくてラクですよね。

 

さて、神様を否定している現代はどうでしょう。

世の中の事象を科学的に説明できるのは便利で素晴らしいことですが

同時に技術の発展が進みすぎて人類が核兵器毒ガス生物兵器を作り出す水準に至りました。

今後1000年、2000年後に人類が滅亡してもおかしくないわけです。

いずれテロリストを通じて一般の手に渡ったりしたら、それを悪用する人も出てくる可能性があります。

昔はみんなと同じことをすればそれなりに良い生活ができた

宗教の話から離れて技術の話に進みます。

昔は今と違ってパソコンもAIも機械全般もなかったので

人の手を借りて集団で何かを成し遂げていました(農作業とか建設とか)。

みんなで同じことをやってみんなで成功すれば良い生活はできていました。

 

しかし時代が進むにつれて人の手を借りなくても機械で効率的にできることが増え

個人でも大きなことができるようになってきました。

すると一人一人が競争相手となり、資本主義社会である以上

人と同じことをしていたらうまくいきません。

現代は昔よりも頭を使わないと生きていけない時代なので大変です。

現代では知りたくないことを知ってしまう

現代ではテレビ、ネットなどのメディアを通して自分よりも恵まれた人たちを見る機会が増えています。

自分よりもお金持ちの人、美女やイケメンの人、優秀な人を見ることで嫉妬劣等感を感じてしまいがちです。

美醜について言えばアジア人は白人の顔立ちに憧れてコンプレックスを抱く傾向にあります。

 

昔はメディアが発達していなかったので自分とは全く違う人や種族を見ることもなく

自分の周りの似た種族しか知りませんでした。

無知なゆえに自分たちが当たり前だと思えば比較対象もなく劣等感を感じにくいです。

知らない方が幸せということもあるのです。

現代ではコンプレックスを刺激する広告に踊らされる

コンプレックス商法という言葉があるように

現代ではテレビコマーシャル駅や電車内の広告ネットのアフィリ広告など

様々なところにコンプレックスを刺激する広告があります。

そのコンプレックスというのが

  • ハゲ
  • デブ
  • ブサイク
  • モテない
  • 毛深い
  • ワキガ
  • ニキビ
  • 肌荒れ

パッと思いついただけでもこれぐらい挙げられます。

コンプレックス商法はこれらの苦しみを強調した上でそれを取り除く手段として

商品やサービスを買ってもらう宣伝方法です。

これらの広告を見るだけでネガティブな気持ちにさせられてしまうのです。

しかし街を歩いていてもネットサーフィンしても広告だらけなので嫌でも見せられますよね。

 

昔は現代ほど広告がなかったので幸せに生きやすかったかもしれません。

現代では幸せのあり方をメディアや広告に洗脳されてしまう

先ほどのコンプレックス商法に繋がりますが

商品を買うことでコンプレックスを解決させた先にある未来に幸せを感じさせるマーケティングが横行しているので

幸せのあり方を常に広告に左右されている状態です。

 

また、前回の記事(「金持ち=幸せ」ではない理由【幸せのあり方を考える】

でも話しましたが

金融商品や自己啓発系のセールストーク、MLMの誘い文句が

「お金があったらこんなこともあんなこともできますよ」

「将来お金を持って幸せになるためにこういうことをしていきましょう」

という話し方で人間の欲望コンプレックスを刺激しています。

 

これにより幸せのあり方がお金に偏重しすぎて

体を壊すほどの激務を美徳とする風潮ができてしまいます。

現代人は宗教を信じない分、幸せが分からなくなり余計な情報にも振り回され

幸せに生きづらくなっています。

一方で昔の人は宗教のおかげで辛いことがあっても穏やかに生きつつ死後の幸せのために頑張れたのです。

まとめ

・昔は宗教の教え通りに生きていれば良かった

 

・昔は宗教のおかげで犯罪抑制ができていた

 

・昔は何かあれば全部神様のせいにすれば良かった

 

・昔はみんなと同じことをすればそれなりに良い生活ができた

 

・現代では知りたくないことを知ってしまう

 

・現代ではコンプレックスを刺激する広告に踊らされる

 

・現代では幸せのあり方をメディアや広告に洗脳されてしまう

以上、

宗教と科学技術・メディア・広告にフォーカスすることで

「現代で幸せになるのは昔より難しい説」

を唱えてみました。

 

宗教って日本人は特にバカにする人が多いですけれども

人類の歴史上こんなに続いているのには理由があります。

社会を成り立たせたり人を幸せにさせるために宗教は合理的な手段です。

 

だからと言って僕は宗教を信じるわけではなく、

現代なりの幸せを見つけていこうと思っています。

 

科学技術や広告による人間の不幸は論文でもよくある社会問題のテーマです。

現代を生きている僕らが世の中に惑わされず幸せに生きるためにも

物事の本質を見極めるのは大事だと思います。

 

真面目な終わり方になりましたが最後まで読んでいただきありがとうございました(*´ー`*)

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