倫理・道徳・正義感が人間を悪くさせる理由【皮肉な社会心理と脳科学】

この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • いじめや戦争などの争いが起きる原因を知りたい
  • みんなが道徳的になれば平和になると思う
  • みんなが正しいことをすれば間違ったことはなくなると思う
  • 正義が強ければ悪は無くせると思う
  • 悪いことをする人間は倫理観が欠如していると思う
  • 悪い人間を許せない

本記事の内容

  • いじめは人間に必要な生存戦略だった!
  • 仲間意識が強いほど排他的になる
  • 戦争は正義と正義の戦いである

今回は倫理・道徳・正義感が人間を悪くさせる理由について話します。

 

人類の歴史上、いじめ・戦争・村八分などの争いが普遍的に繰り返されてきました。

その度に学校教育や宗教、自己啓発などで

  • 「相手に思いやりを持ちましょう」
  • 「人を愛しましょう」
  • 「平和な世の中にしていきましょう」

といった道徳的な教育がされています。

仏教では慈悲、キリスト教では博愛の精神を重んじられて世界的に広まっています。

 

それでもなぜこのような争いが続くのでしょうか。

これまで当ブログでは「弱肉強食」という生物的な本能で説明してきましたが

社会心理や脳科学の観点ではどうやら理性的にも争いが生まれるようです。

そして倫理・道徳・正義感が人を暴力的にさせているという皮肉な事実が明らかになりました。

 

本記事では人間だからこそ起きる争いのメカニズムについて解説していきます。

 

いじめは人間に必要な生存戦略だった!

最も身近で分かりやすい争いの例がいじめですが、

なぜいじめが発生するのでしょうか。

そもそもどんな仕組みでいじめが生まれるのでしょうか。

いじめが本当に無駄でしかない行為なら進化の過程でなくなっていくはずですよね。

 

結論から言うと、いじめは人間に必要な生存戦略だから続いているのです。

 

人間は独りでは生きていけないので集団を作って協力しながら生きる社会的な生き物です。

集団をうまく成り立たせるためにはみんなで決めたルールをみんなで守る必要があります。

しかし、その集団の中で一人でも「はみ出し者」や「自己中」、「協力しない人」がいると

みんながみんな自分を優先するようになってしまうので集団が崩壊してしまいます。

それを防ぐためにもルール違反者をみんなで罰することで集団の秩序を守るのです。

 

脳科学者の中野信子さん曰く、

このように集団を崩壊させるような存在に制裁を与える行為を学術用語で「サンクション(制裁行動)」と言い、

サンクション相手を探知する能力を「裏切り者検出モジュール」と呼ぶそうです。

 

集団の中で厄介な邪魔者を排除することで集団が生き延びてきた歴史があるので

これは人間に必要な生存戦略と言えます。

 

とはいえ、集団のために誰かをサンクションしたところで自分にメリットがなければわざわざやりたくないもの。

そこで他人を叩き排除することによる快感を得られるように人類の脳が発達してきたと考えられるのです。

 

「他人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)」という言葉がありますが、

これは誰かがおいしい思いをしていながらもその後は不幸な目に遭ったという話を聞くことで

  • 「あいつにバチが当たった」
  • 「ざまあww」
  • 「メシウマwww」

という感情が芽生えることを指します。

こういった快感を覚えるのも脳の進化によるものと言えるでしょう。

 

日本人は特にこうした気質が顕著で、誰かが得している状況を見ると

自分が損してでもその人を引きずり下ろしたいという「スパイト行動(嫌がらせ行為)」をしがちだという研究があります。

これは日本人が稲作(お米作り)のために用水路を作って水田に水を引っ張るといった、

大規模で協調性がないとできない仕事を伝統的にやっているからではと考えられます(詳しくは以下の記事)。

確かに自分勝手な人がいると稲作が成り立たず、食糧難に陥る危険がありますからね。

あわせて読みたい

【悲報】日本人の性格が悪いことが研究で証明される【日本人の本質】 日本人に協調性という名の同調圧力や村八分がある理由【実は合理的】

 

サンクション(制裁行動)の話に戻りますが、

いじめが起きる仕組みは「裏切り者検出モジュール」が過剰反応することで

少しでも集団の中で浮いた雰囲気を持つ人や価値観の異なる人を攻撃したくなるのがきっかけです。

学校のクラスで目立つ人を叩きたくなる心理はこれです。

そして、「オーバーサンクション(過剰な制裁行動)」をすることでいじめが発生します。

 

このようにいじめは人間の生存戦略から生み出されたものであると説明できます。

 

仲間意識が強いほど排他的になる

いじめの原因である「裏切り者検出モジュール」の過剰反応と

「オーバーサンクション」は仲間意識が強いほど発生しやすくなります。

 

これがタイトルで話した「倫理・道徳・正義感が人間を悪くさせる理由」に繋がるのです。

人間は集団の中で倫理や道徳といった社会規範(ルール)を作って仲間意識を高めます。

 

例えば「人に親切にしましょう」という教えを大事にする集団の中で

誰かが少しでも親切でないことをしたら裏切り者としてサンクションの対象になります。

具体的には

  • 「あいつは教えを守らないズルい奴だ」
  • 「人に親切にしない奴は悪なので死ねばいい」
  • 「邪道な人間はさっさと排除されるべきだ」

といった負の感情が強くなって排他的になります。

道徳的な教育をしているのにも関わらずこのように誰かを叩いてしまうのです。

後述しますが宗教戦争はこのパターンに当てはまります。

 

この仲間意識について脳科学的な話をすると「オキシトシン」というホルモンが関係します。

オキシトシンとは「愛情ホルモン」や「幸せホルモン」と言われていて、

以下のような場面で多く分泌されます。

  • 可愛い動物や赤ちゃんを見て癒されたとき
  • 自分のおかげで誰かが喜んでくれたとき(人助けやプレゼントなど)
  • 友達と楽しい時間を過ごしているとき
  • 好きな人と愛し合っているとき

このオキシトシンが分泌されることで「向社会性」が生まれ、

誰かのために尽くしたいとか、弱い存在を守ってあげたいという社会的な感情が生まれます。

要するに仲間意識を高めてくれるんですよね。

 

しかし残念なことにオキシトシンは人間を排他的にさせる働きもあります。

仲間意識が強い分、それを少しでも乱すような存在に対しては攻撃的になるのです。

 

分かりやすい例を挙げれば

嫉妬の感情がまさにオキシトシンによるものと言えます。

愛していたパートナーが不倫をしていた場合、強い嫉妬が生まれて不倫相手に攻撃的になったり。

 

ちなみにオキシトシンは女性に多く分泌されます(子供を守る本能があるので)。

なので学校や職場で一人の女性を敵に回したら女性コミュニティ全体を敵に回してしまう

という現象もオキシトシンの作用を考えると説明がつきます。

 

部外者の女性が首を突っ込んで怒ってくるなんて経験ありませんでしたか?

状況も知らないくせに友達を擁護するためにしゃしゃり出てくる女とか僕は嫌いです笑

 

戦争は正義と正義の戦いである

戦争は「正義と悪」の戦いではなく「正義と正義」の戦いです。

これは例えばキリスト教とイスラム教の対立があったり

キリスト教の中でもカトリックとプロテスタントの対立がありますよね。

 

キリスト教にはキリスト教の道徳的な価値観があり、

イスラム教にはイスラム教の道徳的な価値観があります。

それぞれの教えを重んじる人たちがいるわけで仲間意識も強固です。

 

この時点で説明は不要かもしれませんが、仲間意識が強いと排他的になります。

 

「自分たちのルールを守らないような人間は悪なので死んで当然だ」という思想に行き着くのです。

こうなると人殺しが正義として肯定されてしまいます。

しかもそれがお互いぶつかり合うのでみんながみんな「自分は正義だ」と思い込んで攻撃します。

 

それを止めようとしてキリスト教の中で「これは間違っている!」と主張するキリスト教徒が出てきたら

「お前は仲間ではない。裏切り者だ!」とコミュニティ内でサンクションを受けてしまいます。

サンクションによっては命を取られかねないので反対するのが怖くて集団に流されざるをえません。

 

キリスト教を例にしましたがこれはイスラム教だろうがユダヤ教だろうが同じ。

このように集団が暴走すると誰も止められなくなるのです。

 

宗教に限らず、仲間意識が強いコミュニティ(学校・職場・民族・地域など)では

このような争いができたり暴走が止められないのは必然と言えます。

特に倫理・道徳・正義感は仲間意識を強固にするので皮肉なことに争いが生まれます。

 

学校のクラスで「みんなでいじめを無くしましょう」と呼びかけると、

「いじめを無くす努力をしない人は悪だ」という感情を発生させてしまいかねません。

 

難しいですが、倫理や道徳を絶対視しない方がむしろ平和になるのではないでしょうか。

 

まとめ

  • いじめは人間に必要な生存戦略だった!
  • 仲間意識が強いほど排他的になる
  • 戦争は正義と正義の戦いである

今回は倫理・道徳・正義感が人間を悪くさせる理由について話しました。

 

みんなが道徳的になれば争いがなくなるわけではありませんし、

正しいことをすれば世の中が平和になるわけでもありません。

 

むしろそういった勘違いによって皮肉にも争いを生み出しかねないという話でした。

人間が社会的な生き物であることからこうしたジレンマに苦しむのです。

 

僕は倫理や道徳を絶対視しませんし、無駄な仲間意識を持たずに個人主義でいたいと考えるので

今後もこのスタンスを崩さずに思考を深めていきたいなと思っています。

 

サンクションやオキシトシンについては脳科学者の中野信子さんの著書が参考になりました。

彼女の本は非常に読みやすいのでもっと詳しく知りたい方はぜひ読んでみてください。

 

漫画版もあるそうです。僕はこちらを読んだことはないのですが一応ご紹介しておきます。

 

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