ソクラテスの「無知の知」に見る頭の悪い人の特徴【バカと賢者の違い】

この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • 「無知の知」ってよく聞くけど何か分からない
  • 「無知の知」がどう身近に関係しているか分からない
  • 「無知の知」を聞いても「ふーん」としか思わない
  • 「無知の知」が言いたいことは何だったのだろうか
  • 「無知の知」がどう賢いのかが分からない
  • 頭の悪い人と良い人の違いを知りたい
  • 自分が頭の悪い人になっていないか知りたい
  • ビジネス活動をしているが時代の変化に柔軟に対応していきたい
  • ビジネス活動をしていてたくさんのことを学んでいきたい

こういった人たちの悩みを解決していきます。

本記事の内容

  • 「無知の知」とは
  • 頭の悪い人(バカ)は「無知の知」ができていない
  • 頭の良い人(賢者)は「無知の知」ができている
  • 「無知の知」は歴史が物語っている
  • 賢く生きるためには「無知の知」が必要

ソクラテスが言う「無知の知」を皆さんはご存知でしょうか?

※ソクラテスが言ったのではないとする説もありますが、一般的な認識はソクラテスなので本記事はその認識に合わせています

 

世界史や哲学を勉強したことのある人ならご存知かもしれません。

用語の意味は後ほど解説しますがこの「無知の知」は頭の悪い人と良い人を明確に分ける真理だと個人的に思っています。

哲学という学問自体は頭の痛くなるような難しいジャンルですが、

本記事では難しい言葉を使わずに身近な事例を用いて話していきます。

 

頭が悪い人の例には

きっとあなたがこれまでに出会ってきた人が当てはまるかもしれません。

そんな時はクスッと笑いながら思い浮かべればと思います^^

 

その前に一応、僕がどんな立場でこの記事を書いているのか説明します(記事の信用性担保のため)。

 

僕は元々はトップ営業マンとして投資案件の営業をしていました。

1年に換算すれば10ヶ月ほどは営業マンの間でトップの売り上げを出し続けていて

毎日いろんな職業や年齢の人たちとお会いしていました。

 

しかし、必死で働いていた会社自体が実は詐欺会社だったり

給料未払いや、詐欺に巻き込まれた僕の投資金などを合わせて数百万円も損失を食らったりして

世の中の底辺の人間や世界を見てきました。

大金預かっておいていきなり連絡が取れなくなって、やっと連絡がついても逆ギレされるようなことが普通でした。

 

このように社外も社内も共にいろんな人を見てきました。

そんな中で人間観察力やコミュニケーション力、思考力が磨かれてきて現在はそういった能力を活かして

ブログやtwitterで発信をしています。

 

付け加えると早稲田大学在学中に営業活動を始めていて、大学では哲学や心理学についても学んでいました。

なぜなら世の中のロジックや真理について知りたかったから。

元々は人間関係で鬱病になっていたので精神世界や人間というものに知りたかったというのもあります

(それもあってか当ブログには宗教・心理学・自己啓発についても扱っています)。

 

少々自分語りが長くなってしまいましたが汗

そんな僕が「無知の知」に見る世の中の頭の悪い人と良い人について話していきます。

 

4分ほどで読み終えるのでぜひ最後までお付き合いくださいませ。

「無知の知」とは

「無知の知」とは、「知らないということを知っている」ということです。

 

悩める人
は?何言ってんの??

 

と思うかもしれません笑

「類人猿」と「猿人類」的な言葉遊びに感じられますが笑

 

本当にそのままの意味です。

英語にすると

 

I know that I know nothing.

(私が知っているのは、私は何も知らないということである。)

 

簡単に言えば、

ソクラテスのような頭の良い人でも世の中の全てを知っているわけではない。

そしてソクラテスはそれを自覚している。

 

ということです。

 

身近に当てはめて言うなら

例えば

僕が営業やコミュニケーションの分野について詳しくても

他の分野については知らないことがたくさんある。

それを僕が自覚している。

 

ということです。

 

僕がインドネシア語を全く分からないのを

僕が自覚しているのです。

これが「無知の知」。

 

「無知の知」ができていないと

僕がインドネシア語を分からないのに

分かると思い込んでいたり、分からないことに気づいていないことになるのです。

 

簡単な話ですよね^^

 

悩める人
そんなん当たり前じゃボケ!みんな無知の知ができてるわ

 

と言いたい気持ちも分かりますが、次へ行きましょう!

頭の悪い人(バカ)は「無知の知」ができていない

やや挑発的な見出しになりましたが真理です。

先ほどのインドネシア語の例は誰だってできていることだと思います。

インドネシア語に限らずバスク語だろうとスワヒリ語だろうと同じです。

 

ただ、身近では

頭の悪い人が自分は頭が悪いという自覚をしていない傾向にあります。

 

物事が分かっていないのに、さも分かっているかのように他人に押し通すのです。

非常に分かりやすい例が老害です。

 

例えばSNSがここ10年で一気に普及してきました。instagram、twitter、facebookなど。

しかし老害の方々はそういったツールがなぜこんなに社会現象を起こしていて

どう役立つかや意義についても全く理解がないのです。

 

にも関わらずそれら全てをさも自分が分かっているかのように思い込んで

「こんなものは対面のコミュニケーションをダメにする」

「勉強や会社の仕事もせずこんなものにハマる奴らはロクな若者ではない」

 

などと批判してしまうのです。

新しい時代になって新しい文化や価値観が生まれている中でそれらを知らない自分を自覚せず

さぞ分かったかの物言いをして批判をするのです。

 

他にも頭の悪い老害のパターンとして、

「事実と感想を混同させる」のがあります(事実と感想の混同については過去記事でも扱っています)。

 

ある老害が

「若者はネットで悪口を書くから陰湿である。コミュニケーションに問題がある」

と言います。

 

これは結論から言えば

「事実と感想を混同」させているのです

 

実際にネットで悪口を書いているのは10代や20代に限らず40代や50代のいい歳した人も同じです。

特に2ちゃんねるの利用者は大体がおっさんです。

若者ばかりネットで悪口を書いているという根拠やデータをその人は持っているのでしょうか?

 

若者とネットに対しての個人的な感想(しかも偏見のかたまり)を

事実かのように主張するのです。

 

これは「無知の知」の観点から当てはめていくと

若者とネットについて知らないことを

さも知っているかのように思い込んでいる。

つまりただの知ったかぶりです。

 

頭の悪い人は自分が頭が悪いことを自覚していない

つまり「無知の知」ができておらず

自分はなんでも知っていて正しいと思い込んでいる。

 

これが汚い言葉で言えば「バカ」なのです。

 

頭の良い人(賢者)は「無知の知」ができている

一方で頭の良い人はどうでしょうか。

 

先ほどのSNS普及の例をあげれば

 

「こんなにSNSが普及しているのには何か理由があるはずだ。でも私はSNSについてよく知らないから勉強しないといけない」

「twitterの良さについて私は知らないので、それを知るためにtwitterを有効活用している人の話を聞いてみよう」

「私はSNSについてよく知らない。私には分からない新しい価値観が生まれているのだな」

 

このように考えます。

全然違うのがお分かりいただけますでしょうか?

 

自分が何を理解していて、何を理解していないかを客観的に知っているため

知らないものに対して感情的に拒絶したり批判しないのです。

 

本当に理解した上で拒絶や批判をするなら良いですが、

それができずにただ単に自分が分からないものを分かったかのように

根拠なく批判するのが頭の悪い人(老害とか)の特徴です。

 

頭の良い人は自分が他の分野に関して無知なことを分かっているので

謙虚にその道のプロから話を聞けたり、新たな価値観に適応できるのです。

 

頭の悪い人は全部分かっていると勘違いしているので、

謙虚さもなく他分野の人に対して年下だとか社会経験が自分より少ないなどを理由に傲慢な態度を取ります。

 

これが頭の良い人と悪い人の違いだとお分かりいただけましたでしょうか。

「無知の知」は具体例を挙げるとこんなにも身近に感じるのです。

 

「無知の知」は歴史が物語っている

この「無知の知」はソクラテスが生きていた2400年も前の

大昔の知恵であるのにも関わらず現代でも通用しています。

 

現代に限らず、歴史を見てもよく分かります。

 

例えば江戸時代の徳川綱吉(生類憐みの令で有名な将軍です)は悪政で有名です。

というのも、綱吉自身の贅沢な暮らしや寺の増設と修繕で多額のお金を使い果たしてしまい

幕府の財政難に苦しむことになります。

 

そこで綱吉は

「お金をいっぱい作れば良くね?」

と考え、小判における金の含有量を3分の2に減らして

小判を量産しました。

 

もちろん物価は上がり、貨幣(お金)の質は下がってしまったので

深刻なインフレを起こしてしまいました。

 

商売人や金融に詳しい人ならこんな貨幣政策がクソなのは当たり前に分かることですよね。

今で言う、日銀がお札を大量発行したらみんなお金持ちになるという稚拙な発想です。

 

綱吉は将軍という立場から世の中のことを全て知っていて

自分が考えることが全ての真理であると過信していたのでしょう(あくまでも個人的見解です)。

自分が金融に関して無知であることを自覚していなかったがゆえに独善的な過ちを起こした典型例です。

 

他にもこういったパターンは独裁者に多いです。

  • 北朝鮮の金3代政権
  • 中国の毛沢東政権
  • ソ連のスターリン政権

 

これらの政権は独裁者の言うことが全て正しいとされ、反対する者は粛清(厳しい罰)を受けます。

そうすると独裁者が良かれと思って明らかに間違ったことを言っても

側近の人は誰も止めることができないのです。逆らえば殺されるかもしれないので。

 

これらの政権全てに共通しているのが大規模な飢饉(ききん)が起きていたことです。

要は食糧不足で餓死者がたくさん出たのです。

作物はただ種を植えれば勝手に実るのではなく周期を気にしたり手入れしないといけません。

また、せっかくできた作物も流通経路がしっかりできていなければ輸送もできず

作物は腐り、食糧が届かない地域は餓死者が続出します。

 

政治においてどんなに優秀な独裁者でも農業の知識はありませんし

流通経路も全て把握できません。

各分野における専門家がいないと成り立たないのです。

 

独裁者はそのような専門知識を知らないということを自覚せずに独善的に政策をおこなうことで

結果的に悲惨なことが起こってしまうのです。

特に毛沢東の大躍進政策による餓死者は7000万人と言われています(今の日本の人口の6割です)。

 

これが「無知の知」ができていないことによる歴史的な悲劇なのです。

 

賢く生きるためには「無知の知」が必要

「無知の知」がどれだけ大事なことかは分かっていただけたと思います。

歴史に学び、身近の頭の悪い人を反面教師にし、これからを賢く生きるためには「無知の知」が必要になります。

 

自分が知っていることが全てではなく、新しい価値観や常識に対して

自分が知らないというのを前提に客観的に捉えていきましょう。

 

時にはその道の専門家にお願いしたり学ばせてもらうことがあります。

その専門家は年下であろうと社会経験が自分より少なかろうと関係ありません。

 

自分が知らないことに対して

知らないと認めることで

見栄のプライドは捨てていきましょう。

 

知らないのは当たり前なので知ったかぶりすると逆に恥ずかしいです。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」なのです。

「無知の知」であるためには余計なプライドを捨てないといけないのです。

 

今後ビジネス活動をしていく中でどんどん時代の変化と市場の移り変わりが激しくなっていきます。

その度に柔軟に学んで変化に応じていくためには「無知の知」とは切っても切れない関係になります。

 

ビジネス活動をされている人は特に必要な知恵です。

 

まとめ

  • 「無知の知」とは
  • 頭の悪い人(バカ)は「無知の知」ができていない
  • 頭の良い人(賢者)は「無知の知」ができている
  • 「無知の知」は歴史が物語っている
  • 賢く生きるためには「無知の知」が必要

「無知の知」だけでこんなに長く語るなんて我ながら驚いてしまいました笑

 

しかし「無知の知」は先人の素晴らしい知恵であり、これから先もずっと通用していく知恵でもあるので

身近な観点と歴史的な観点で噛み砕いて解説させていただきました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます^^

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