キツい性格は平和に生きるために必要な理由【直すべきでない】

この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • 言葉がキツいと言われてしまう
  • 性格がキツいと思われてしまう
  • 攻撃的になってしまうことがある
  • キツい性格のせいで人が寄り付かなくなる
  • 毒舌すぎて人に嫌われてしまう
  • キツい性格の人を反面教師にしている
  • キツい性格を直したい
  • キツい性格を直せなくて悩んでいる
  • もっと優しい人になりたい

本記事の内容

  • 優しさを美徳にしすぎている風潮
  • 優しい人はいじめられる世の中
  • 自分の身を守るためにキツい性格が必要

今回はキツい性格は平和に生きるために必要な理由について話します。

以前は優しい性格で悩む方に向けて記事を書きました

本記事では逆にキツい性格で悩む方に向けて書いていきます。

 

ネット上ではキツい性格を直したいという悩み相談(知恵袋とか)が意外と多く、

どうしても言葉がキツくなって人が離れてしまうとか

バイト先のキツいおばさんみたいになりたくないといった声があります。

 

その気持ち、分かりますよ。

僕は人前では割と優しく振る舞いますが本心から来る発言をすると

どうしてもキツい発言をするので毒まみれです笑

特に非常識な人間や、害を与えてくる頭の悪い人にはかなり容赦ないです。

まあ当ブログの文章を見てもそんな雰囲気は漂ってると思います笑

 

僕も尖った性格を丸くしようと思って自分を押し殺していた時期がありましたが

 

もう直そうとするのをやめました。

 

なぜならキツい性格は生きていく上で必要だと感じたからです。

生きていると優しい性格じゃ食い物にされるので平和に生きられません。

以下で具体的に解説していきます。

 

優しさを美徳にしすぎている風潮

日本では特に優しさを美徳にしすぎている風潮が感じられます。

接客対応で過剰に丁寧さや気配りを求める節がありますし

世のため人のために苦労することが美しいこととされています。

そのせいか日本人は親切であるという評判もありますし(実際にそうなのかは置いといて)。

 

というのも、日本は島国で単一民族国家なので治安が良いことが理由に考えられます。

人に優しくするのが当たり前になるには安全な環境が前提です。

治安の悪い地域で出会う人に優しくしていたらそのうち騙されたり事件に巻き込まれてしまいます。

 

例えば貧しい地域で物乞いにお金をあげたら一気に他の物乞いも集まって、たかられます。

日本のホームレスは物乞いをしませんが海外だと普通に向こうから要求されるのです。

 

僕も実際に台湾のショッピングモール内で食事中にいきなり物乞いに声をかけられて

募金箱のようなものを出されたことがありますし(外国人だと分かって狙ってる感)、

フィリピンの海岸で車に乗ってるときも物乞いの子供達が手を伸ばして集まってきました(車の道が塞がれる・・・)。

こういう人たちに優しさでお金をあげると面倒なことになります。

 

これはまださほど問題ないレベルですが残酷なパターンとしては

マレーシアの空港で重い荷物を持ったおばあさんにお願いされて荷物を持ってあげたら

税関に引っかかって、荷物の中身は麻薬でおばあさんは知らんぷり。

荷物を親切心で持ってあげた人が麻薬の持ち運びで捕まってしまうのです。

しかもマレーシアは取り締まりが厳しくて麻薬犯は死刑になりえます。

 

他にも親切心で手を差し伸べた相手に財布を盗まれたり誘拐されたり。

大陸の国だと地続きでいろんな国の犯罪者が行き来します。

マナーや教養のなってない貧困の移民もなだれ込みます(貧困と犯罪率は相関する)。

 

そう考えると中国・インド・アメリカ・ロシア・ヨーロッパ圏に

日本の常識である親切心を求めるのはかなりの筋違いと言えるでしょう。

優しいことは全てでもないし、優しいことが正義でもないのです。

あわせて読みたい

優しい人は損するのか問題【優しさは捨てる方がいい?】

 

日本と海外ではこのような温度感があるから外交でも強い主張ができず、

常に日本は弱腰で食い物にされたり周辺国に振り回されていると言えるでしょう。

相手に親切心や思いやりを求めたって平和にならないのが現実ですから。

利害がある以上、仲良しごっこでなんでもうまくいくはずがありません。

 

優しい人はいじめられる世の中

日本は優しさを美徳にしすぎているという話をしましたが、

それでも日本国内では優しい人はいじめられます。

 

学校でいじめられる人ってだいたい優しい人じゃないですか?

職場で都合よく扱われる人ってだいたい優しい人じゃないですか?

ナメられる人ってだいたい優しい人じゃないですか?

 

もうお分かりですよね。

優しい人は搾取されたりいじめられたりするのが世の中なのです。

 

断ることができなくて営業マンに言われるがままぼったくり商材を買わされたり

交渉でも強気になれなくて不利な条件で取引させられたり

DV男やパワハラ上司のために尽くして消耗したり。

 

優しい人ってこんなに損をするのです。

営業マンなんてお金のためにあなたに優しく接しているだけなので

あなたが無料で営業マンに優しく接する義理なんてないのです。

 

キツくなっても構わないので明確に断らないと相手に余計な期待をさせてしまいますし

何よりも自分が損をしてしまいます。

深く関わりたくない人には冷淡な態度をとってもいいんです。

優しいことが全てではなく、優しいことはあくまで生きていく上での手段の一つですから。

僕は宗教勧誘が家に来たら「いりません」の一言で即ドアを閉めますね笑

あわせて読みたい

【うざい勧誘に悩む人へ】突然の勧誘を断るのが楽しくなっちゃう方法

 

あと、職場では優しいと「こいつには何を言ってもいいんだ」と思われて

いろいろと言いがかりをつけて攻撃してくる人間もよくいます。

正社員のような昇給が関わっているのならある程度は我慢しないといけませんが

特にアルバイト先のような民度の低い人が集まる環境だと

同僚に攻撃されたら僕はキツく返します。

でないといつまでも弱い者認定されてしまうから。

 

自分の身を守るためにキツい性格が必要

すでに上で話しましたが

優しいとそれを悪用する人間がいたり、

「優しい=弱い」と認識して攻撃してくる人間が世の中にはいます。

 

特に民度の低い世界ではこれが顕著に表れます。

 

「こいつは無害だ」と思われた瞬間につけこんでくるんですよね。

そういう人に一歩譲歩すると二歩踏み込まれるので優しくする相手は選ぶべきです。

 

「マッチョ社長」で有名なTestosteroneさんも同じようなことを言っています。

 

ツイートのいいね数を見るとかなり共感されているのが分かります。

学校のいじめなんてまさにそうで、

「こいつはやられてもやり返してこない」と分かれば

みんなでその優しい人を標的にするものです。

 

動物の世界だってトゲや毒を持っていない生物はどんどん食われていきます。

人間社会もそういうものなのでやはりキツい性格は必要になります。

そう考えたら「目には目を」「やられたらやり返す」というのは合理的ですね。

 

僕自身もどんな人に対しても優しくしようと子供の頃から心がけていたことで

逆に嫌な目に遭ったことがたくさんありました。

いじめてくる人や嫌な人でも優しく接すれば仲良くなれると性善説的に信じていましたが

そういう人に優しくするとますます弱い者認定されて攻撃されるのが現実です。

もう許すとか許さないとか慈悲深さとかバカらしくなります。

 

なのでもう優しくしようとか分かり合おうというスタンスを止めて、

優しくしたい人には優しくして、民度の低い人にはキツく返すか相手にしない

と決めた方が生きやすいです。

今では利害関係がなければ先輩であろうと嫌な人なら噛みつきますし、

さらっと皮肉な言葉を吐き捨てることもあります(上司だと利害があるので止めた方が得策)。

 

大事なことなのでもう一度言いますが

優しさが全てではありません。

優しさはうまく生きていく上での手段の一つに過ぎないのですから。

他の手段としては

  • 圧迫する
  • 牽制する
  • ビビらせる
  • 共通の敵を作って手を組む
  • 相手にしない

などいろんな接し方がありますから。

外交だって国同士で仲良くするとか突き放すとかいろんな手段で付き合いますよね。

普段の人付き合いでも同じようにすればいいのです。

 

僕は民度の低い人に近寄ってほしくないのであえてキツい性格をしています。

そういう人に嫌われたところで痛くも痒くもありませんし、

逆に近寄られた方が自分の時間と感情を無駄に消耗してしまいますから。

もちろん相手がどんな人間か分からないうちはそれなりに優しく接します。

そして本当に印象が良い人には心から優しくしたいと思います。

 

あとこれは賛否両論というか、むしろ敵を多く作りそうな発言ですが

僕は道端に倒れている人がいても親切心で助けたいと思いません。

なぜなら関わることによるリスクが大きいから。

 

どこの誰かも分からない人を助けようとして

助からなければ自分の過失が問われてしまい、

助かったとしても場合によっては訴えられる可能性もあります。

特に相手が女性だと人工呼吸やAED装着の際に服を脱がすという行為が必要以上だとされ

セクハラなどという言いがかりをつけられたら非常に面倒臭いです。

こちらは弁護するための証拠がないのですから完全に負けます。

 

友達が倒れたら助けますが、知らない人をリスク取ってまで助ける義理はないんですよね。

そういうリスクを取ってまで助けたいという正義感の強い人が助ければいいだけの話。

別に僕が助けなくても他に助ける人は出てくると思うので。

 

よく線路内にいる酔っ払いやおじいさんを助けようとして自分が事故に遭って死んでしまったり

体の一部を失ったりするニュースが出てきますが、優しさで自分の身を滅ぼすのは本末転倒です。

自分が死んだら家族に優しくできなくなりますよね。

あと、もしかしたらその線路内のおじいさんは人生が嫌になって死にたかったのに

死ねないままむしろ助けてくれた若者の将来を奪う結果になったら逆に気の毒ではないでしょうか。

あわせて読みたい

人のために尽くす生き方は良いのか問題【愛や忠誠心について】

 

「相手は相手、自分は自分」という線引きをするのも大事です。

優しさという名の干渉やお節介を嫌がる人だって中にはいますから。

 

まとめ

  • 優しさを美徳にしすぎている風潮
  • 優しい人はいじめられる世の中
  • 自分の身を守るためにキツい性格が必要

今回はキツい性格は平和に生きるために必要な理由について話しました。

キツい性格は使い方次第であって無理して直すものではありません。

とはいえ間違った方向にキツくなるとバイト先のおばさんみたいになるのでそこだけ注意しましょう。

 

優しくしたい人には優しくすればいいし、関わりたくない人には冷淡でいい。

優しいことはあくまで生きていくための手段の一つですから。

 

世の中では「優しい=弱い」と認識する人が本当にたくさんいます。

そう考えたら理不尽で世知辛いですよね。

正義感や道徳よりも理不尽ルールの中でいかに合理的に生きるかという考えを持った方が

うまく生きやすいんじゃないかと。

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