恋愛も商売も差別であることを受け入れるべき理由

この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • ハゲがモテないことに不満を持っている
  • デブを受け入れない人を許せない
  • イケメンばかりいい思いしてズルいと感じる
  • 差別はいけないことだと思う
  • 女性の露出度が高い広告を出すべきではないと思う
  • 学歴、年齢、容姿で企業側が差別すべきではないと思う

本記事の内容

  • 恋愛は善意ではなく欲求ベースである
  • 恋愛における差別を批判する人はダサい
  • 商売は善意ではなく収益が目的である
  • 善意はあくまで理想論でしかない

今回は恋愛も商売も差別であることを受け入れるべき理由について話します。

 

大人になると分かりますが世の中は性欲とお金が中心になって動いています。

いつの時代も、どの地域も、普遍的に

「モテたい」と「稼ぎたい」という人間の欲望があり、

そこに付随してコンプレックス・人間関係・仕事などの悩みが取り巻いています。

 

それぐらい人間にとって性欲(恋愛)とお金(商売)は切っても切り離せないものですし

逆に言えば、恋愛と商売さえ上手くいけば俗に言う「人生勝ち組」になれます。

 

しかし、残念ながら恋愛と商売はある種の差別とも言えます。

学歴・年収・年齢・容姿などに大きく左右されてしまうのも事実です。

だからといって「差別反対!」と世の中に訴えるのはナンセンスです。

 

身もふたもありませんが、本記事では恋愛も商売も差別なのでそれを批判せずに

うまく立ち回った方が得策であるという解説をしていきます。

 

恋愛は善意ではなく欲求ベースである

まず、恋愛は差別があって当たり前です。

なぜなら善意ではなく欲求ベースだから。

 

女が男に抱く感情として

  • 「ハゲはキモい」
  • 「デブは臭そうで無理。というか臭い」
  • 「なよっとした男も女々しい男も嫌」
  • 「雰囲気が生理的に受け付けない」
  • 「やっぱりイケメンがいい」

などが挙げられます。

もちろん好みのタイプは人それぞれですが

一般的にイケメンで清潔感のある人は好かれます。

 

どんなに遺伝的にハゲやすい男だろうがブサイクだろうが

そういう仕方のない事情は一切考慮されません。

ハゲはハゲだし、ブサイクはブサイクなので相手にされないのです。

生まれ持ったものによって扱いが変わるのですからこれは差別ですよね。

 

恋愛はこのように欲求ベースである以上は差別が当たり前です。

善意で相手を好きになろうとするのは結局のところ仕事のために仕方なく接するときぐらい。

 

また、「好きなタイプ」にも論理的な理由がありません。

「ただなんとなく好き」だし、「ただなんとなく嫌い」というのが感情です。

白人がタイプだろうが日本人がタイプだろうが個人の自由であり、

それを「人種差別だ!」とか「なぜ白人が好きなのか」と問い詰めるのは筋違いです。

あくまで個人の欲求ですから、好きでない人を善意で好きになってあげる義理はありません。

 

恋愛における差別を批判する人はダサい

恋愛は差別だという話をしました。

だからといって「差別は良くない」と批判する人はダサいです。

 

ハゲが「ハゲを差別する女は嫌な奴だ」とか

デブが「デブなだけで相手にしてくれない女は差別的だ」とか

ブサイクが「内面ではなく外見で判断する女なんてクソだ」

なんて批判していたら惨めに思えませんか?

 

自分のコンプレックスをダイエットや整形などで治す努力もせずに

他人のせいにしているだけの雑魚男です。

僕が女の立場だったとしてもベッドで隣にデブが寝ているなんて嫌ですし

ガリガリな男が必死に行為をしている姿を見ると幻滅します笑

 

イケメンや細マッチョがモテるのは身もふたもない事実ですので

見苦しい批判はせずに黙って自分を勝ち組側へと改造する努力をしないと何も解決しません。

差別を批判するのではなく、差別を受け入れた上でどうするかという考えが大事です。

あわせて読みたい

コンプレックスは受け入れるのではなく治すべき理由【整形も有効】 自分をカッコよくするための合理的で確実な方法【モテる大人の男】

 

商売は善意ではなく収益が目的である

商売も恋愛と同様に差別は当たり前です。

なぜなら商売は収益が目的だから。

収益が高まれば商売は成功であり、収益が低いと失敗というシンプルなロジックなので

そこに平等であるかどうかという善意は全く関係ありません。

 

例えば、企業の採用面接では男女ともに容姿端麗な方が有利です。

これはハロー効果(外見が良いので内面も良さそうと無意識に錯覚するバイアス)により

面接官がひいきするというのもありますが 、

職場に美女がいた方がみんなの励みになったり会社の雰囲気が良くなりますし

イケメンが営業した方がお客さんも親近感ができて買ってくれやすいので

結果的に収益を上げやすくなります。

 

仮にあなたがイケメン(or美女)から営業されるのと、

同じ商材をブサイクから営業されるのではどちらから購入したいかは明白ですよね。

 

なので企業側がわざわざブサイクな人を選ぶ理由がないのです。

容姿だけでなく年齢や学歴による格差も同様です。

社会のルールとして表向きはそういった差別をしていないように見せるものですが

実際は意識的にも無意識的にも差別はあって当たり前なのです。

 

美容整形や化粧品の広告に黒人ではなく白人が多用されるのも、

美白をイメージさせる白人にした方が売れるからです。

これはマーケティングの話なので黒人差別云々の話をすることが筋違いです。

 

マーケティング用語で「ABテスト」がありますが、

これは広告Aのパターン(例えば購入ボタンが赤色)と

広告Bのパターン(例えば購入ボタンが緑色)を用意して

どちらのパターンの方が収益が高いかをテストすることです。

 

この結果、後者の緑色パターンが有効であると分かれば緑色を起用するので

あえて赤色を使う必要が無くなります。

ここで「赤色を使わないのは差別だ」なんて批判をするのはバカバカしいと思いませんか?

広告で黒人よりも白人を使うのはそういう理屈なのです。

 

善意はあくまで理想論でしかない

商売の世界は収益が全てであることを話しました。

世の中が資本主義社会である以上は商売で成り立っていることになります。

そんな世の中に対して「〇〇差別反対!」と訴えるのはあまり賢くありません。

なぜならそれはただの理想論でしかないから。

 

理想論をいくら語ったところで社会が収益優先である以上は現実的に実現不可能です。

少し前には献血の広告に胸が強調された女性キャラが描かれていて論争がありました。

特にフェミニストが「女性差別だ!」と批判してきたわけですが

あの広告によって献血してくれる人が増えるのであれば多くの患者は救われますし

マーケティング的には大正解です。

特にオタクの男性という、これまでと違う層に向けてアプローチするのであればなおさら。

 

そもそも広告自体が集客目的で作られているので、より集客できる手法を使うのは当然です。

先ほどのABテストの話と同じですがそこに差別云々の話をする時点で筋違いと言えます。

結局、商売の世界で「平等」という善意を求めてもそれはただの理想論であり世間知らずなのです。

 

仮に女性の水着姿を広告に載せるのは女性差別だからといって男性の水着姿を載せたら

おそらく大衆の注目は集められません。

理想論通りにやってもそれは商売の世界では通用しないのです。

 

恋愛にしろ商売にしろこうした差別は当たり前です。

当たり前のことに「差別だ!」と批判するのは惨めですし何も生産性はありませんよね。

理想だけで世の中が回るなら、とっくの昔に戦争もいじめも無くなっているはずです。

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まとめ

  • 恋愛は善意ではなく欲求ベースである
  • 恋愛における差別を批判する人はダサい
  • 商売は善意ではなく収益が目的である
  • 善意はあくまで理想論でしかない

今回は恋愛も商売も差別であることを受け入れるべき理由について話しました。

 

恋愛は欲求ベースでできているので差別は当たり前。

商売は収益が目的なので差別は当たり前。

どちらも「差別反対!」と批判するだけ虚しいだけなので

世の中は差別で成り立っていることを受け入れて合理的に動く方が得策でしょう。

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