人を批判しないという美徳は危険思想である理由【自己啓発の悪習】

この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • 人を批判するのは悪いことだと思っている
  • 誰かを批判しないようにしている
  • どんな考えに対しても批判ではなく尊重すべきだと思っている
  • 批判すると自分が不幸になると思っている
  • 批判のない世界はみんなが幸せになると思っている
  • 自己啓発を学んでいる

本記事の内容

  • 批判をしないと独裁者が生まれる
  • むしろ批判した方がみんなのためになる
  • 「正当な批判」と「誹謗中傷」を混同してる人が多い
  • なぜ自己啓発で「人を批判してはいけない」と教わるのか

今回は人を批判しないという美徳は危険思想である理由について話します。

当ブログではキレイ事や理想論で人を毒すような自己啓発をバッシングしてますが

今回も相変わらず自己啓発をディスりまくります笑

 

自己啓発本やセミナーでよくある教えのひとつに

「人を批判してはいけない」

があります。

 

僕はこれに対して

 

真っ向から反対意見を述べさせていただきます。

 

よく考えたらおかしい教えのはずですが最近だと特に自己啓発系ユーチューバーである

鴨頭嘉人(かもがしら よしひと)さんが目立っています。

YouTube広告で誰もが見たことがあるであろうスキンヘッドの彼です。

 

チャンネル登録者数が約100万人で、高評価数も半端ないので「マジか…」という感じです笑

彼だけをやり玉に上げるつもりはなくて、どこの自己啓発にもほぼ必ず

「人を批判してはいけない」

という教えがあります。

 

今回はこの教えが危険思想である理由について論理的に話していきます。

 

批判をしないと独裁者が生まれる

人を批判しないとどうなるのか。

結論から言うと、独裁者が生まれます。

 

ちょっと考えたら分かると思いますが、

人を批判しない=みんなイエスマンになる

ということです。

 

明らかに間違った考えに対して誰も否定しなければその考えが素通りしていきます。

それって非常に危険なんですよね。

 

イエスマンの集団には必ず独裁者が現れます。

 

独裁者が習近平のように優秀(中国の急激な成長を見たら分かりますよね)

であれば問題ありませんが

 

歴史を見ても分かるように無能な独裁者が大半なのです。

現に「カンボジアに学校を建てよう」という活動がある理由は

かつての独裁者ポルポトがカンボジア人の知識人・先生・留学生たちを

大虐殺したからです。

 

毛沢東や北朝鮮の金一族だって、国内に大多数の餓死者を出しています。

こういった独裁者を側近が批判しようものなら粛清されていたことでしょう。

批判のない世界で独裁者は権力を濫用していたのです。

 

批判しないというのは極端な話、そういう世界を肯定することになります。
 

 

むしろ批判した方がみんなのためになる

前述の独裁者は国というかなり大きな規模でしたが、国に限らず

会社、SNS、サークルなど世の中は様々なコミュニティで成り立っています。

コミュニティの大小はどうであれ独裁者を出すとたいていオワコン化します。

そういったことを防ぐためにも間違ったことは批判されるべきなのです。

 

というか

批判がないと本人も間違ったことを本気で正しいと信じ続けて裸の王様になってしまいます。

すると本人のためにもならないですし、何も改善されないので周囲も被害を受け続けてしまうのです。

 

身近な例で言えば

バイト先で威圧的な人間がいて誰も批判しない職場がよくありますが

そういった「批判のない世界」は快適と言えるでしょうか。

批判の抑圧された環境では必ず見えないところで負の感情が蔓延しています。

その感情が離職率に表れたり、他の誰かへのやつあたりとなるでしょう。

 

結局、

自己啓発で教わる美しい人間社会は夢物語でしかないのです。

 

だったらもう理想論は抜きにして、

批判すべきことは批判しようという世界にした方がみんな幸せになりませんか?

健全なIT企業でよく尊重される「風通しの良い職場」というのはそういうことなのでは。

 

「正当な批判」と「誹謗中傷」を混同してる人が多い

そもそも人間は残念な生き物で、

自分に不都合な批判に対して「根拠のない誹謗中傷」や「悪口」と決めつけてしまいがちです。

 

Twitterの炎上を見てもパターン化していますが僕の観測上、そのほとんどが

「正当な批判」と「誹謗中傷・悪口」を混同して騒ぎます。

 

僕も過去にいた会社で

あまりにも理不尽で身勝手なサイコパス上司に関して真っ当な批判をしたのですが

「俺の悪口を言うな」と怒られ、脅されました。

そのくせに上司本人はとにかくいろんな批判をするのでタチが悪いのです。

 

人間はそれだけ自分に都合の良い生き物と言えます。

よほど民度の高い人じゃない限り、

「人間は汚い生き物」と言う認識を持っておいた方がいいのではないでしょうか。

 

自己啓発で「人を批判してはいけない」と教わる理由

そもそもなぜ自己啓発の世界では「人を批判してはいけない」という教えがあるのでしょうか。

これは間違いなく言えるのですが、

 

その方が都合がいいから

 

です。

 

自己啓発はあくまでビジネスであり、営利目的なので本気で皆さんの人生を良くする理由がありません。

自己啓発ビジネスにとってのメリットと皆さんにとってのメリットはそもそも合致しないのです。

 

「人を批判してはいけない」と洗脳しておけば自己啓発ビジネスを批判する人が現れても

「批判するあなたは不幸な人です」と言ってその人を悪者にできるのです。

そして共通の悪者(敵)ができると集団の結束力はますます高まります。

仲間意識が高まりますからね。

 

これってマルチ商法にしても宗教にしてもブラック企業にしても同じことが言えませんか?

こういった組織はほぼ必ず「偉い人に逆らってはいけない」空気を作り出しているのです。

論理的に正しいか正しくないかではなく、偉い人が正しいと言うか言わないかという基準になります。

 

僕の経験から断言できますが論理が全く通用しません。

僕はマルチの組織にも営業会社にもいた経験があるのですが(詳細は過去記事をご覧ください)

明らかにおかしいことに対して論理的に批判しても偉い人の口から

  • 「お前は分かっていない」
  • 「礼儀がなっていない。失礼だ」
  • 「◯◯さんに謝りなさい」

と言われた経験がかなりあります。

 

論理的に納得できる返答がなく、上下関係に論点をズラすので話にならないんですよね。

なのでこういった底辺な環境では無理して論破するのは得策と言えません。

むしろ逆ギレされたり恨まれてしまうと面倒なので関わらないのが一番です。

 

話がそれましたが自己啓発もビジネスである以上、鵜呑みにしない方がいいでしょう。

あわせて読みたい

【経験談】自己啓発セミナーに行くと面倒でうざいと感じる理由

 

まとめ

  • 批判をしないと独裁者が生まれる
  • むしろ批判した方がみんなのためになる
  • 「正当な批判」と「誹謗中傷」を混同してる人が多い
  • 自己啓発で「人を批判してはいけない」と教わる理由

今回は人を批判しないという美徳は危険思想である理由について話しました。

批判は止めるのではなくむしろするべきです。

もしも批判を抑圧するような環境にいるのであれば民度が低いので

できることなら離れましょう。

 

ちなみに記事中で独裁者を否定する話をしましたが、一応補足しておきます。

僕は独裁そのものを悪だと思っていません。

優秀な独裁者がいれば現在の中国やシンガポールのように急速な発展をします。

とはいえ世の中には独裁者として優秀な人間はほとんどいません。

 

国のトップなら数千万人や何億人の中で優秀な一人を選べますが、

職場レベルの小さなコミュニティではメンバー数が少ない&組織の数が多いので

独裁者として優秀な人なんて絶対数的に存在しません。

だったら独裁化しない方がかなり安全だよねという話です。

 

本記事と似た話で過去に「ディスり」についても述べています。

興味があればどうぞ^_^

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