【理不尽な社会から学んだ】人生をうまく生きるコツ【幸せな生き方の基本】

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悩める人
毎日必死に働いて、人のために尽くしたり優しく正直な人間でいようとしてるけど、報われるどころかむしろ疲れてきた。言われた通りにやったのに怒られるし、人間関係もうまくいかないし自分の何が間違っているのか分からない。こんな生き方なんて望んでいない。もっと幸せになりたい。

こんな悩みを持つ人

かなりいるはずです。

 

生きていく上で特に

  • 人間関係
  • 仕事関係
  • 自分のあり方(どういう人間であるべきか、どう生きるべきか)

この辺りの悩みは誰でも持ちます。

これらさえうまくいけば

  • お金の悩み
  • 恋愛や結婚生活の悩み
  • 自信がないという悩み

も自然と良くなっていくはずです。

結局、全ての悩みは日常生活の不満と繋がっているのです。

 

僕も冒頭にある悩みを抱いていました。

 

自分や他人の言動の一つ一つを分析し、

人からの見られ方を意識しすぎたり

 

試行錯誤しすぎて人間関係に疲れ

鬱になってしまいました(o_o)笑

 

大学までの学校生活、様々なアルバイト経験、営業で会社の内部やお客さんなど

様々な人間や組織を見てきたことで

経験から会得したことを述べていきます。

 

強く賢く生きる

もう答えをいきなり出してしまいます。

「強く賢く生きる」と自分の胸に刻んでください。

スローガンや座右の銘として捉えてもらえれば問題ありません。

 

当ブログのコンセプトでもあり

今後の記事は「強く賢く生きる」を目指す上で必要なことを書いていきます。

 

この「強く」には

の3つとも強くなるという意味が込められています。

 

「賢く生きる」はそのままの意味です。

 

以下、解説していきます。

 

強い心

誰かに依存する考えをやめる

悩める人
「誰を信じたら良いか分からない」

「何(メディアやニュースなど)を信じれば良いの?」

 

などという人がいますが

 

そもそも誰(何)なら信じていい、誰(何)は信じられない

などと0か100かで考えないことです。

 

どんな人にも自分の利害や立場があり

男性か女性かで観点も違い

生まれてきた地域や家族構成、人生経験など

様々です。

 

人それぞれ正義も違います。

 

キリスト教だって同じ神様を信じていても

カトリックとプロテスタントで正義が違います。

 

日本人の美徳とアメリカ人の美徳も違います。

 

なので人それぞれ言うことが違ってて当たり前です。

 

誰を信じる、ではなく

自分を信じてください。

 

自分がこれまでの人生で経験してきたこと

身につけてきた知識や感覚を当てにしましょう。

 

上司が黒いカバンを指差して

「これは白だ」

と言ったから白だと思い込むのではなく

 

自分の目を信じましょう。

 

嫌われてもいい(八方美人や「いい人」をやめる)

ツイートを見ていただければ分かりますが

世の中全ての人に納得してもらうのは不可能です。

 

Aさんに嫌われたくないからといって行動を変えたら

今度はBさんにそのことで嫌われる。

 

AさんとBさんの言い分を聞いた上でうまく動いたら

今度はCさんに嫌われる。

 

こういったことはよくあるのです。

Aさんが、Bさんが、Cさんが・・・

などと嫌われることを考えていたら行動は制限されて何もできなくなってしまいます。

 

発言したら「調子に乗ってる」と言われ

黙っていたら「モジモジしてて気持ち悪い」と言われる世の中なのです。

 

あの金メダリストの羽生結弦選手だってイジメられた経験はありましたし

羽生選手を嫌いな人間だって存在します。

 

と言うことは嫌われない人生を送ろうとしている人は

少なくとも金メダルを取るよりも難しいわけです。

もしものために戦うことを恐れない

 

残念ながら世の中は理不尽です。

自分に非が全くないのに一方的に攻撃されたり、

騙されたり、権利を侵害されることは普通にあるのです。

 

人に優しくすることは大事なことですが

あまりにも無抵抗で無害な人間だとナメられ、

都合よく人に利用されます。

 

ブラック企業も証拠や情報を集めて

労働基準監督署や厚生労働省に告発すれば対応してくれます。

DVを受けているのなら、アザや怪我を写真に撮って相談窓口に駆け込めば良いです。

 

正当防衛という言葉も存在します。

「目には目を」で有名なハンムラビ法典もあります。

やられたら同じ方法でやり返すのが良いのかは別として

 

こちらから先に相手を攻撃することはしなくても

相手に攻撃をされたら然るべき対処をする勇気と行動力は持ったほうが良いでしょう。

自分を守るためには戦うことも必要です。

これに関しては永世中立国であるスイスが面白い方針をとっているので参考に今度記事にします٩( ‘ω’ )و

 

自分を大切にする

上記で述べた通り、非合理的に自分の権利を侵害されるのが当たり前なのが世の中です。

アジア人には歴史的に馴染みが薄いかもしれませんが

西洋人に学んで「人権意識」「権利意識」を持ちましょう。

 

アメリカやフランスは日本よりもブラック企業を告発する人が多いです。

僕の印象ですがアメリカでは学生でも銃の規制など国民の権利についてシビアで自身の考え方を持っています。

 

組織や集団の中で個人が多数のために非合理を我慢し妥協する

というのはアジア特有の考え方ではないでしょうか。

 

子供をしつけの名目で殴るのを良しとする風潮も日本・中国・韓国特有に感じます。

一方で西洋では子供の権利を侵害していることになり、親が咎められます。

 

このように見ていくと日本人は

無意識のレベルで自分を大切にできていないことが当たり前になっていることが十分に考えられるので

 

良い意味で自分中心に(ジコチューではなく)

無理せず自分を大切にして生きていく方が幸せになれます。

 

鬱病経験者だからこそ言わせていただきますが

鬱になる人は真面目で正義感が強く

人のために尽くしすぎて自分をおろそかにしてしまうから

無力感が出てしまうのです(鬱は決して甘えではありません。むしろ正反対です)

 

強い体

健全な肉体に健全な精神が宿る

体が不調だと思考もネガティブになり思うようにいかなくなります。

そうすると失敗が増え、ますますネガティブになり

そのストレスでますます不健康になります。

 

分かりやすく例えると

普段7時間睡眠の人が忙しくなり、1週間ずっと3時間睡眠だったら

正常な判断ができると思いますか?ポジティブになれますか?

まず不可能です。

 

普段体を鍛えていて一つ一つの動きが軽やかで体の重みを感じない人と

全く体を動かさず太っていて何をするのにもダルい人

 

どちらが健全な精神になりそうですか?

 

栄養と精神の関係については細かい話になるので今度別に記事にしますが

こういった例えを見るだけで健康が大切なのは分かりますよね。

 

十分な睡眠時間・栄養・運動(特に筋トレ)は欠かさないようにするだけでも

人生は好転します。

 

生物的優位に立つだけで人間は変わる

ここは特に男性にとって重要です。

 

世の中が理不尽なのは先に述べた通りですが

だいたい理不尽な目に遭ってしまうのは弱そうな人です。

 

残念ながら人間も生き物である以上、弱肉強食なのです。

(大人の世界でもイジメがあるのですから、子供なんてなおさらでしょうね)

 

強そうな人の方が頼りになるし説得力もあるし仕事もできそうに見え

弱そうな人は頼りにならず、自信がないので説得力もなく仕事もできるように見えません。

 

残酷なことに女性は特に弱者と見なした男性に対しての当たりがキツイのです。

通り魔や強盗に襲われるなどの被害者も見た目的に弱そうな人が標的にされます

(筋骨隆々な人にわざわざ挑まないですよね)

 

そこで、体を鍛えることで見た目でナメられることがまずなくなります。

テストステロン(男性ホルモン)が分泌され、男らしくなりつつ自信もつきます。

また、健全な肉体に健全な精神が宿るという言葉の通り、精神的にも健康になります。

この辺に関してはオススメの本があるので今度紹介しますね!

 

想像すれば分かりますが

ラグビー部の筋骨隆々な男

帰宅部のヒョロヒョロ眼鏡男

 

いじめるならどっちですか?(この質問もひどいですが・・・)

 

幸せになるためにも筋トレして生物的優位に立ちましょう。

 

健康と美容が人間を魅力的にする

健康に関してはこれまでに話してきた通りです。

健康になればポジティブになり、内面からにじみ出てくる性格も魅力的に映ります。

 

美容に関しては健康の延長上にあると思ってください。

ビタミンやタンパク質はあまり摂らず、化粧水や美容液にばかりお金をかける人がいますが

内側の材料がそろってなければ、うわぐすりばかり塗ったところで意味がないことはお分かりですよね。

 

男女ともに肌がきれいで体も引き締まっていたら魅力的ですよね。

人から魅力的に映れば自信も付き、さらに魅力的になる好循環が生まれます。

そういった美容を手にするには健康であることが前提です。

 

美容と健康に対してお金をかけると、後々自分に返ってきますので

よほど生活が困窮していない限りは惜しまないようにしましょう。

 

強い頭

情弱で馬鹿正直な人は搾取される

 

世知辛いことに世の中には平気で人を騙す人が多いのです。

ネットやSNSを開いたら出てくる投資話や副業話

ねずみ講に限りなく近いことをしているネットワークビジネスの会社

お金を払ったら稼ぐノウハウを配信しますよという情報商材

 

僕はこれまでにそういった人達とよく関わってきましたし

そういった商材を営業していましたし

自身で投資して詐欺にあったり借金に苦しんだこともあります。

 

そのおかげで経験を基に言えますが

こういった儲かる話の95%は詐欺です。

 

それがたとえ信頼できる友達から伝わったものでも

大元の人間が手のひらを返したり、

事業に失敗して無責任な対応(連絡が取れなくなる、逆ギレされる)

をされることが多いです。

 

儲け話は一般庶民に出回りません。

お金を持っている人にそういう話が来ます。

なぜならお金持ちほど質の高い人脈を持っているから。

 

出資してもらう側からしてもお金のない一般庶民の数百人からお金を集めるより

お金持ち数人から集める方が手間がかからないので

一般庶民に美味しい話が出回る理由がどこにもありません。

 

よく自己啓発セミナーなどで

「人を信じましょう」

「正直になりましょう」

 

などと言いますが、あれを鵜呑みにしていると痛い目に遭います。

 

馬鹿正直になるのではなく

自分の頭を使って人や世の中を見極めていきましょう。

 

自己啓発やネットワークビジネスなどのコミュニティが健全かどうかは

そこのコミュニティの人間を一人一人観察したり、どういう属性の人間かを見ると

類友の法則でそのコミュニティについて分かります。

 

おかしいことをおかしいと気づく(自分の感覚を信じる)

 

だいぶ上の方で述べましたが

上司が黒いカバンを指して「これは白だ」と言われて

おかしいと思わないと危ないです。

 

「上司が言うんだからこれは黒なんだな」

と思い込んでしまうとそれは洗脳です。

 

自分の「おかしいな」という違和感を押し殺さないでください。

 

これは僕の経験談ですが

ネットワークビジネスや自己啓発セミナー内で

「友達に10回も話してようやく来てくれました!」

「断られても諦めずにアプローチしています」

 

と言う話をマイクを持って美談にしている人が良くいるのですが

 

それを美談にしているのが非常に気持ち悪く、人間としてレベルが低い。

 

人が嫌がっているのに無理やり自分の好きなものを押し付けることは

ちょっと考えたら普通にウザいだけなのは分かりますよね?

 

それに気づけない時点でもう大衆の感覚が麻痺しているのです。

自分の感覚を信じて物事を捉えていかないと悪い方向に振り回されてしまいます。

自分の人生ですから自分が舵を取りましょう。

 

論理的思考を磨く

理不尽な世の中ではありますが

なんだかんだロジック通りに世の中は回っています。

 

経済も商売も相場の動きも全てロジック通りに動いています(人間の感情もロジックにある程度従っています)

 

だからこそ学問があり、分析統計というものが存在するのです。

 

経済なら資本主義と社会主義、インフレとデフレ

商売ならマーケティングや消費者心理

相場ならテクニカル分析とファンダメンタル分析

 

が挙げられますが全て論理によって組み立てられています。

 

例えば人間の気質について見ていきましょう。

 

秋田県が自殺率が高いのは日照時間が短いからです。

人間が日光を浴びることで鬱を抑える「ビタミンD」が分泌されます。

その日光を浴びられる時間が短いと人間は鬱になりがちでふさぎ込みます。

 

同じく日照時間の短い北欧・ロシア・ドイツ・イギリスは国民性も静かで暗いイメージです。

逆に赤道直下の国・アフリカ・東南アジア・イタリア・スペインは日照時間が長く陽気です。

日本でも沖縄の人が陽気なのは分かりますよね。

 

このように天候と人間の気質は密接に関係しているのです。

 

天候以外にも島国か大陸国か、海に面している国か内陸国か、

大国か小国か、資源豊富かそうでないか、宗教の違い

なども関係していていくらでも例え話は思いつくのですが長くなるのでここまでにします。

 

論理を組み立てることで世の中の原理原則を知り

その上で自分はどう立ち回るかを考えながら動いていくことが肝要です。

 

賢く生きる

公正世界仮説から目を覚ます

「公正世界仮説」

この言葉を初めて聞く人も多いのではないでしょうか。

 

僕も半年前に本で知ったばかりです。

「公正世界仮説」をウィキペディアで調べてみると

公正世界仮説(こうせいせかいかせつ、just-world hypothesis)または公正世界誤謬(こうせいせかいごびゅう、just-world fallacy)とは、この世界は人間の行いに対して公正な結果が返ってくる公正世界(just-world)である、と考える認知バイアス、もしくは仮説である。

「公正世界」であるこの世界においては、全ての正義は最終的には報われ、全ての罪は最終的には罰せられる、と考える。

引用元:ウィキペディア

 

かっこよく言えば「勧善懲悪」「因果応報」

分かりやすく言えば「悪いことをしたらばちが当たるよ」

というのが「公正世界」で、それは仮説ですよって話です。

 

世の中では最終的に善人が報われて

悪い人は裁かれる

 

という考え方はあくまでも考え方なのであって

実際にそうとは限らないということです。

 

考えてみれば冤罪で死刑や無期懲役になる人

殺されても犯人が捕まらず、未解決事件のまま時効を迎えるケース

 

こういったことが多いはずなのに

倫理的な理由や警察の体裁のために表に出ていないのです。

 

突然交通事故に巻き込まれたり

通り魔やテロに襲われて亡くなる人

こういう人は果たして全員悪人なのでしょうか。

 

また、歴史は権力者によって記録されていくので

権力者にとって都合の悪い善人を悪者に仕立て上げ

都合の良い悪人を善人に仕立て上げて書き換えられることも十分に考えられます

勝てば官軍、負ければ賊軍)。

 

そういった歴史の教科書を使って教育すれば国民にその歴史を植え付けさせ

未来永劫その善人は嫌われることになります。

 

少し身近な例を挙げれば

僕の母の友達の知り合いがマレーシアの空港で

荷物を持ったおばあさんを親切心から手伝って

 

荷物を持って税関を通ったら

中身が麻薬でおばあさんは知らんぷり。

これだけで現地の法律で死刑にさせられるのです。

 

優しければ良いことが返ってくる

善人は救われる

 

というのは結局のところ幻想にすぎないのです。

だからといって悪人になれとは言いませんが

 

良き人間として生きることを絶対だと思って生きるのは間違いです。

英雄も時代を間違えれば犯罪者、人殺しです。

 

倫理観で物事を考えるよりも賢く生きましょうということです。

 

自分を知り、他人を知り、世の中の仕組みを知った上でどう生きるかを考えていくこと。

 

最後に

 

以上が

「強く賢く生きる」という生き方です。

 

人生を幸せに生きるためには必要不可欠な要素がこのフレーズに散りばめられています。

 

再度言いますが当ブログではこの「強く賢く生きる」という幸せな生き方を目指して

それをコンセプトに記事を書いていきます。

 

長くなりましたが最後までお読みいただきありがとうございました^o^

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