人間関係の悩みや不安を手放して自分らしく生きる最強の考え方

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この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • 人間関係がうまくいかなくて疲れている
  • 人間関係でいつもくよくよ悩みがち
  • 人間関係での摩擦が怖い
  • なかなか自分を人に理解してもらえない
  • 嫌な人をいつも理解しようと努力してしまう
  • 嫌な人にいつも振り回されてしまう
  • 話が合わない人と同じ環境にいるとストレスを感じてしまう
  • いつも人目を気にしてしまう
  • 八方美人で自分のやりたいことができない
  • 誰かにいつも気を取られて自分のやりたいことに集中できない
  • もっと自分らしく生きたい

こういった人の悩みを解決していきます。

本記事の内容

  • 前提:人間関係なんてどうでもいい
  • 他人と分かり合うこと自体が無駄である
  • レベルの低い人間は虫と同じ
  • 「人からの見られ方=自分自身」ではない

今回の記事は生きてる限り全員に必要な内容かもしれません。

人間関係で悩んだことが全くない人はおそらくこの世にいませんし、

自分の価値観をしっかり持っている人は特に誰かと衝突する経験が多いでしょう。

せっかく自分の人生を生きようとしているのに誰かに邪魔されるなんてたまったもんじゃありませんよね。

 

僕も自分が変わり者であることからいろんな人に苦しめられ、

分かり合おうと努力をしたら自分を押し殺して鬱になってしまったり

自分勝手な人に足を引っ張られたりしてきました。

 

自分で言うのもなんですが、

真面目な人・努力家・完璧主義者ほど人間関係も自己実現も全てうまくいかせようと必死になって消耗してしまうんですよね。

過剰に責任感が強いから何でも自分のせいにしてしまい、諦めることは逃げと同じであると思い込んでずっと固執してしまう。

そういう人で劣悪な環境やレベルの低い人間に巻き込まれて闇に堕ちていく人を何人も見てきました。

 

世の中は意外と残酷なので、同じような経験をする人を今後も増やしたくないという気持ちで本記事を書くことになりました。

 

ちなみに本記事のパーマリンク(URLの最後の部分)は

how-to-always-stay-true-to-yourself

と名付けました。

日本語にすると「いつも自分に忠実であり続けるには」です。

 

つまり今回は、他人に左右されずに自分に忠実に生きるための方法をお伝えしていきます。

過激な表現も少々ありますが、これが僕の気質なのでお許しくださいm(_ _)m

4分ほどで読み終えるのでぜひ最後までお付き合いくださいませ。

 

前提:人間関係なんてどうでもいい

まず、人間関係なんてどうでもいいという前提に立ちましょう。

人間関係について悩めば悩むほど

誰にも嫌われないために必死になり、そうやって他人の顔色を伺う生き方をしているとますますナメられます。

そしてイジメられます。結果的にどう頑張っても全員と仲良くなれないのでますます疲れて悩むという悪循環です。

 

そんなことを学校、職場などあらゆるコミュニティで環境が変わるたびに繰り返していたら

キリがありません。

どんな世界的な大スターだって必ずアンチはいるのですから、人間関係を100%うまくいかせることは不可能です。

羽生結弦選手にも、吉田沙保里選手にも、イチロー選手にも、ロナウド選手にもアンチは普通にいます。

 

そう考えれば僕ら凡人が人間関係をうまくいかせるなんてバカらしい試みだと思いませんか?

これは僕の経験ですが、

「人間関係なんてどうでもいい」と考えてから人間関係のトラブルが激減しました。

 

鬱病だった学生当時は人に好かれるために必死だったせいでいろんな人に嫌われました。

人間関係について悩めば悩むほどトラブルを引き寄せるなんて悲しい皮肉ですよね笑

 

僕がどれだけ人間関係をどうでもいいと思っているかは以下の記事をご覧いただければ分かります^^

あわせて読みたい

人間関係は深く築く必要はない理由【サイコパス発言注意】

人間は群れると無能で性格も醜くなる理由【孤高のススメ】

 

他人と分かり合うこと自体が無駄である

そもそもですが、なぜそんなに他人と分かり合おうとするのですか?

他人は他人でどうでもよくないですか笑

 

自己啓発セミナーやMLMで「相手と分かり合おう」洗脳に汚染されすぎなのでは?笑

(自己啓発業界はキレイ事だらけで本当に気持ち悪いですね)

相手と分かり合うなんて不可能ですよ。

 

お互いに生まれた地域も環境も所得も年齢も性別も経験も価値観も違えば、そりゃ分かり合えないのが当然です。

しかもお互いに利害や立場があるわけですし、

資本主義社会において自分や家族の生活が関わっている以上は本音は言わないものです。

 

そもそも話し合いで分かり合えるのであれば世の中に戦争も外交問題も裁判も夫婦喧嘩も存在はしないはず。

もっと現実を見ましょう。

 

と、こういった話はすでにこれまでの記事でも話しているので新しいことを言うのであれば

「他人に対して徹底的に無関心になりましょう」

これに尽きます。

 

誰かのせいでイライラした時も僕はいつもこの原則に沿って考えます。そこからさらに発展させて

「努力してその人に理解されたところで俺の人生は良くなるのか」

「その人を理解したところで俺の人生は良くなるのか」

 

そう思うと分かり合おうとすること自体に全く生産性を感じられなくなり、良い意味で諦めることができます。

相手に自分を理解してもらえないから人間はイライラするものですし、

自己犠牲をしてまで相手を理解しようとするから無駄に消耗してしまうのです。

 

だったら、相手に理解されることも、相手を理解することも全て諦めましょう。

こうすると他人は他人と割り切ってどうでも良くなります。

他人に使う労力も時間も、自分の人生のために使っていきましょう。

 

そして明らかに自分に落ち度がないのに喧嘩になったら、怒らず静かに縁を切ればOKです。

その程度の人間ですから、怒ったところで無駄です。

全世界に70億人もいるのですから、目の前のその人を切ったところで痛くも痒くもありません。

 

分かり合おうとして関係を修復させる労力に何の意味もありませんし、

修復できてもどうせそんなレベルの人間とはいずれくだらない喧嘩が再発します。

関係を切らない限り、レベルの低い喧嘩は終わりません。

感情的にならず、スパッと低レベル人間を切って合理的に生きましょう。

 

レベルの低い人間は虫と同じ

今日からレベルの低い人間は虫だと思ってください。

あなたが森に入ったとします。歩いていると蚊などの虫に噛まれます。

そんな時に噛み付いてくる虫の一体一体にいちいちイライラしませんよね?

虫除け対策をしなかったり、虫のいない環境に自分の身を置けなかったことを反省した方がいいですよね。

 

それと同じです。

僕はレベルの低い人間とトラブルになったら、いつも相手に対してガッカリするのではなく

こんな人間と同じ環境にいる自分にガッカリしてしまいます。

 

学校で不良に絡まれるのが嫌なのであれば、そういうレベルの学校に進学してしまった自分にガッカリしてください。

職場のあの人がうざいと思うのであれば、そんなレベルの職場にしか居られない自分にガッカリしてください。

日本政府が嫌だと思うのであれば、もっと良い国に移住できない自分にガッカリしてください。

虫をいちいち責めたりガッカリしたところで何も変わらないんですから。

 

どうやったら虫除け対策できるか、

どうやって虫のいない環境に自分の身を置けるかを考えた方がいいですよね。

そのためにはもっと自分のレベルを高めることです。

虫(レベルの低い人間)にイライラしたりガッカリしている暇はありませんよ。

 

「人からの見られ方=自分自身」ではない

人間関係で鬱になっていた僕が「人からの見られ方=自分自身」ではないと気づいてから、

10年以上悩み続けていた根本が解決しました。

 

くよくよ悩みやすい人は「人からの見られ方=自分自身」なので

人に悪く見られたら自分自身は悪い人間で

人に良く見られたら自分自身は良い人間であると考えます。

 

つまり自分自身をしっかりと持っていないのです。

承認欲求や八方美人は全てこれで説明がつきます。

 

しかし実際のところ、「人」と一口に言っても70億人もいるので見方も様々です。

前述の通り世界的なスターでもファンがいればアンチもいます。

イチロー選手にはアンチがいるから、イチロー選手は悪い人なのですか?

つまり「人からの見られ方=自分自身」とは言えません。

 

ちなみに批判に強くてカリスマ性がある人は

人に見られている自分と、本当の自分を切り離して考えている印象があります。

 

例えば矢沢永吉さん(僕は世代ではありませんが笑)には

俺はいいけどYAZAWAが何て言うかな?

という名言があります。

 

これはあくまでも僕の解釈ですが、

人に見られている自分(肉体)=「俺(矢沢栄吉さん)」

自分自身(精神。中の人的な感じ)=「YAZAWA」

ではないかと。

 

人に見られている自分と、自分自身を切り離して考えているから

人に見られている自分が批判に遭っても、確固とした自分自身を持っているのでしょう。

 

これと似たようなものが本田圭佑選手の「リトル本田」です。

 

これも矢沢さん同様に

人に見られている自分(肉体)=「本田圭佑選手」

自分自身(精神。中の人的な感じ)=「リトル本田」

ということでしょう。

遊戯王の「もう一人のボク」みたいな感じですね笑

 

このように

人から見られている自分と、自分自身(精神)を切り離して考えている人はメタ認知(自分を客観視)できるので

批判にも強く、そしてブレずに自分らしく冷静にいられるのでしょう。

そう考えれば矢沢永吉さんも本田圭佑選手もカリスマ性があるのに納得がいきますね!

 

ちょっと話がそれましたが、

自分自身(自分のあり方)がしっかりしていれば、人からどう見られるかなんて関係なくなります。

変人と思われても自分の価値観に従った生き方をしていればそれでいいのです。

 

もう一度言いますが、人からの見られ方が自分の全てだと思わないでください。

 

まとめ

  • 前提:人間関係なんてどうでもいい
  • 他人と分かり合うこと自体が無駄である
  • レベルの低い人間は虫と同じ
  • 「人からの見られ方=自分自身」ではない

というわけで、簡潔に言うと

「他人なんて超どうでもよくない?」

ってことです。

 

僕は人と違った価値観や理想を持っているので、人に理解してもらうことを諦めましたし

理解してもらいたいという願望も一切ありません。

そして過去には人を理解しようと努力を惜しみませんでしたが、

振り返ってみると労力と時間の割に得られるものがほとんどなかったので人を理解することも諦めました。

 

みんな好きにすればいいんじゃない?

他人のことを気にするよりも自分のことに集中すればいいんじゃない?

という結論に至りましたが、これがアドラー心理学における「課題の分離」と本質的に一緒だなと思った今日この頃です。

やっぱりアドラー先生すごいなと思うばかり。

 

アドラー心理学については定番ですが『嫌われる勇気』が非常に読みやすいです。

読むたびに思いますがこの本に出てくる青年をぶん殴りたくなります笑(いけない、イライラしてしまった汗)

 

それから、本記事を読むような人にはこちらの記事もオススメです^^

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今日はこの辺で!

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