正義感や倫理観が強いと自分が苦しむ理由【生きづらい】

この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • 悪い人間を許せない
  • 正しいことをすべきだと思う
  • 倫理観は大事だと思う
  • 完璧主義である
  • 「こうであるべき」が強い
  • 今の自分に自信がない
  • 理想を目指してがんばっている
  • 他人の行動の一つ一つが気になってしまう

本記事の内容

  • 正義感が強い人は自己肯定感が低い
  • 正義感が強い人は人間関係を壊しやすい
  • 正義感は争いを生み出す
  • 正義感は自分を縛り付けてしまう
  • そもそも人間は倫理や道徳を守り続けられない

今回は正義感や倫理観が強いと自分が苦しむ理由について話します。

 

あなたの身近には「こうあるべきだ」を押し付ける「べき論者」はいませんか?

確かに社会生活を送る以上はみんなで法律やルールを守らないといけません。

しかし、あまりにも独善的で押し付けがましい「べき論者」がいることも事実です。

例えば、

  • TwitterやYouTubeのコメント欄でいちいち漢字変換ミスや誤植をチクチク指摘したがる「文法警察」
  • ネット上の悪(最近だとレペゼン地球の炎上など)を制裁するのに必死な「ネット自警団」
  • 芸能人や政治家の不倫騒動を叩くのが好きなアンチ
  • 過剰なレベルにマナーや常識にうるさい批判家(最近は箸の持ち方で炎上しましたね)
  • 自分が個人的に決めたルールやこだわりを他人に強要してくる職場の人間
  • クラスに一人はいた空気の読めない真面目くん

など挙げればキリがありません。

 

あなたはそういう正義感の強い人になっていませんか?

もしそうだとしたら自分を苦しめることになりますし、

周りの人間関係も悪化するので改めた方がいいと思います。

 

本記事では正義感が強いと誰得状態になる理由を解説していきます。

 

正義感が強い人は自己肯定感が低い

正義感が強い人は自己肯定感が低いと言えます。

なぜなら正論を使うことで相手に対して絶対的にマウントを取れるから。

 

人間は自己肯定感が低いと消極的になるだけでなく攻撃的になる性質もあります。

自分は他人よりも優れていると信じたいがためにマウントを取ってくるのです。

誰かの悪口を吹聴して自分の評価を高めようとしたり、にわか・新人・初心者をバカにしたり。

そういったマウント取りの一種として正義感の押し付けをするのです。

 

例えば、芸能人が不倫しようが実生活において何の影響もないはずですが

それでも過度なまでに「けしからん!」と叩きたがるのは

一夫一妻制が常識になっている現在の社会が強力な後ろ盾になっていて

絶対的に相手にマウントが取れてしまうからです。

 

それだけ正義や倫理は強力な武器になるので

マウント合戦で濫用されてしまうのです。

 

正義感が強い人は人間関係を壊しやすい

正義感が強い人は人間関係を壊しやすいです。

なぜなら人間は正義や倫理で動く生き物ではないから。

 

当然の話ですが人間は欲求や優越感ベースで動く生き物です。

ただしみんながみんな欲求のままに生きていたら社会が成り立たないからこそ正義や倫理があります。

つまり、人間の欲求は正義や倫理と相反する関係にあると言えます。

 

人間関係は相手の欲求を尊重することで「この人といると居心地がいい」と感じて距離感が縮まりますが、

そこに正義感で強制や制限を加えてくる人が現れると煙たがられます。

クラスに一人はいる空気の読めない真面目くんは真面目なことで友達に囲まれていましたか?

おそらく孤立していたと思います。

 

恥ずかしながら僕も一時期はそういう痛い人になっていたことがあるのですが、

そういう過去の自分をかなり反面教師にしているので

職場で多少は誰かがサボっていようが何も言わずに少し付き合ったりするようにしています。

人間は誰でもサボりたい生き物なので、話の分かる上司だと思われたいならこういう配慮は必要です。

サボる人もそのうち、程よい罪悪感が出てきて自発的に動き出してくれるもの。

どうせ指摘したところでサボる人は別の場所でサボるのだから。

 

頭ごなしにルールや常識にうるさい人間はそのうち誰にも相手にされなくなります。

 

正義感は争いを生み出す

正義感が強いと皮肉なことに争いが生まれます。

「こうであるべき」という倫理観を作ってしまうと、

それに従わない人はみんな悪なので叩かれて当然だ(悪いやつは死ねばいい)

という心理が出てきて結果的に争いになるのです。

「悪を攻撃している私は素晴らしい」精神で自己肯定感が満たされるとも言えます。

 

これの極端な例が宗教戦争です。

「イスラム教の道徳を守らない人は道徳心のない悪者だ!」

「キリスト教の道徳を守らない奴は人間ではない!」

の対立だから正義vs正義の構図になっています。

 

もっと身近な例を挙げると東日本大震災のときにも

「被災地の方々が苦しんでいるのに娯楽に興じるのは悪だ!自粛しろ!」

という正義感の押し付けがありました。

 

これはみんなで苦しみを共有するのが道徳であるという正義感があるからこそ

「苦しむどころかテレビを見て楽しむような奴は道徳心がないので叩かれるべきだ」

という制裁の精神が働いたのです。

冷静に考えて被災地の方々が日本全国の自粛を望んでいるとは思えませんし、

ただでさえ震災で経済が停滞しているのに自粛ムードでますます停滞させるのは愚策です。

 

このように正義感は無駄な争いを生み出してしまいかねないので

「自分は自分、他人は他人」思考でドライになった方がむしろ争いが無くなります。

ドライな思考に抵抗があれば「みんな違ってみんないい」という考えを持てばOKです。

あわせて読みたい

倫理・道徳・正義感が人間を悪くさせる理由【皮肉な社会心理と脳科学】

 

正義感は自分を縛り付けてしまう

正義感が強い人ほど自分を縛り付けてしまいます。

例えば、職場を1年程度で辞めて転職する人に対して

「1年で辞めるなんて裏切りだ!石の上にも3年だろ!」

と批判する人がいたとします。

 

すると今度は自分が転職する立場になった時に自分の首を締めることになります。

職場の民度があまりにも低すぎたり

職場で学べることがもうなくなったり

すごく条件の良い会社からヘッドハンティングされたり

今の職種や業界に将来性を感じなくなった際に

自分がまだその職場で1年しか働いていなかったら辞めづらくなりませんか?

 

1年で辞めてしまえば言行不一致になるので非難が来たり罪悪感に襲われてしまいます。

だからといって嫌々3年続けてから辞めたら相当な機会損失になりかねません。

 

それから、Twitterで他人の揚げ足取りばかりしていると

いざ自分がTwitter発信する立場になった際に揚げ足を取られるのが怖くておびえるようになります。

 

要するに正義感で他人を縛り付けると、結果的に自分も縛り付けることになって損をするのです。

 

そもそも人間は倫理や道徳を守り続けられない

そもそも人間は倫理や道徳を守り続けることができません。

これは「モラル・ライセンシング」で説明できます。

モラルは「倫理」、ライセンシングは「許可すること」を指します

(ライセンスという言葉から想像がつきますよね)。

 

人間は正しいと思うことを徹底すればするほど悪いことを自分に許可してしまうのです。

分かりやすい例を挙げると以下の通り

  • 「サラダがあるから、ビッグマックを注文してもいいよね」
  • 「今日はジムで30分走ったから、食べ過ぎてもいいよね」
  • 「減塩の醤油だから、たくさんかけてもいいよね」

 

ビッグマックについてニューヨーク市立大学バルーク校の面白い実験を紹介します。

研究者たちはマクドナルドの模擬店舗を立ち上げ、

サラダなどヘルシーなメニューが載ったリストとそうでない通常のリストの2種類を用意しました。

実験参加者であるお客さんたちにはどちらか一方のリストが渡されます。

 

すると最も太りそうな「ビッグマック」を選んだのはサラダが載ったリストを受け取ったお客さんで、

ビッグマックの注文率は約50%でした。

一方でサラダが載っていない通常のリストを受け取ったお客さんは

約10%しかビッグマックを注文していませんでした。

 

サラダのようなヘルシーなメニューを見るだけで

「私は倫理的に正しいことを考えている」という免罪符からビッグマックを注文するのです。

 

また、「減塩の醤油だから、たくさんかけてもいいよね」という心理も同様に説明できます。

減塩醤油を選んだ自分は正しいことをしている、と感じるので油断して使いすぎてしまうのです。

冷静に考えたら分かりますが減塩でもたくさん使えば減塩の意味はなくなります(むしろ塩分の過剰摂取)。

 

醤油メーカーからすれば減塩した分だけ材料を節約できますし

その上でたくさん消費されて売れますし

減塩してくれる良心的な会社と評価してもらえるので良いことづくしです。

 

このように人間は正しいことをしていれば悪いことをしてもいいという免罪符を手にします。

そう考えると中世ヨーロッパで免罪符を販売するという行為は

「免罪符さえ買えば悪いことをしてもいいんだ」という風潮ができて治安が悪化しつつ

教会がどんどんお金を庶民からむしり取れる仕組みなので

ルターが宗教改革するのも非常に納得できますよね。

 

繰り返しますが、モラル・ライセンシングという心理によって

人間は正しいことだけを守り続けることができません。

お坊さんや住職が不倫してしまうのも仕方のないことのように思えます。

 

まとめ

  • 正義感が強い人は自己肯定感が低い
  • 正義感が強い人は人間関係を壊しやすい
  • 正義感は争いを生み出す
  • 正義感は自分を縛り付けてしまう
  • そもそも人間は倫理や道徳を守り続けられない

今回は正義感や倫理観が強いと自分が苦しむ理由について話しました。

 

正義感が強いと自分を苦しめ、他人も嫌がるので改善した方がいいですよという話でした。

モラル・ライセンシングや欲求を考えると

人間は正しさだけで生きていけない運命と言っても過言ではないので

多少の不善は受け入れた方が生きやすいんじゃないかなと思います。

 

そもそも正義感の強い人は「ズルは許さない」という心理が隠れている気がします。

ですが法律に反していなければ「ズルい」と考えない方が良いのではないでしょうか。

せっかく日本は法治国家なのですから、違法行為以外は自由にやってOKなのでは?

 

例えば、整形は違法ではないので「ズルい」と思わず積極的にやれば良いですし

副業も社内規則で禁止されていようが法律上は問題ないので会社にバレないようにやれば良いと思います。

とはいえ嫉妬深い人も世の中にいますのであまりオープンにしない方が得策でしょうね。

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