コミュ力があれば誰とでも話せるのか【コミュ力偏重の勘違い】

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この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • これから新しい環境で友達を作りたい
  • 仕事で誰とでもコミュニケーションを取れるようになりたい
  • コミュ力があれば営業は制すると思う
  • MLM(ネットワークビジネス)のためにいろんな人と仲良くなって繋がりたい
  • コミュ力が全てだと思う
  • 友達づくりが苦手なコミュ障だ
  • コミュ力に自信がない
  • パリピみたいなコミュ力おばけになりたい
  • コミュ力がない自分に絶望している

こういった人たちの悩みを解決していきます。

本記事の内容

  • 悲報?吉報?コミュ力が全てではない
  • いくらコミュ力があっても誰とでも仲良く話すのは不可能
  • 世の中のコミュ力偏重の正体は金儲け

今回は10代や20代にとっては気になるであろう「コミュ力」をテーマに述べていきます。

 

10代は新しい学校や新しいクラス・サークルで友達を作りたいと思うのがほとんどです。

もっと言うなら大学デビューして彼氏彼女が欲しいと思う時期でもあります。

「リア充」という言葉に嫉妬と羨望の感情が渦巻いたり

理系男子にありがちな服装や外見、コミュ障っぽいのがディスられる風潮があるのも

みんなモテたい心理が根本にあってセンスやコミュ力を鍛えようというのが分かります。

 

20代だと大学生活を送る上でコミュ力が必要だと痛感する人が多いのではないでしょうか。

ゼミやサークルといった組織内で活躍するためにはコミュ力が必要だと悟ったり

周りにカップルができるのを見て焦ったり

就活になるとどうしても面接ではコミュ力勝負になったりします。

そのためにコミュ力を上げようと接客バイトを始めたり、インカレ交流会やイベントに参加しようとする人もいます。

 

就職してからは

文系の9割は営業職なのでほとんどの人はやはりコミュ力があった方が有利なんじゃないかと思ったり

人脈作りや上司と仲良くなるためにもコミュ力が必要だと確信し

自己啓発やコミュニケーション関係の本やセミナーで勉強する人が増えてきます。

 

これで分かると思いますが10代と20代は「コミュ力」に異常なまでに左右されるのです。

一種の洗脳なんじゃないかというレベルです。

 

僕も数年前まで「コミュ力」に相当悩まされてきました。

「あの人はあんなにいろんな人と仲良くなれるのに俺は全然ダメ」

「理系のような専門スキルもない文系人間が英語もコミュ力もなければ存在価値なくね?」

「あの人は面白い上にかっこいい。でも自分は皆無」

「20年も生きてきて中高生や普通の人でもできるコミュ力が俺にないって、俺は今まで何をやってきたんだろう。欠陥人間なのかな」

 

と、今では想像もつかないぐらい絶望していました。

特に僕は高校生の時は鬱病ピークだったので大学生になっても周りが楽しんでいる中で自分が楽しめないことに苦痛を覚えていました。

だから自分を変えたい一心で大学生の時はいろんな人と積極的に交流したり営業活動を始めたりしました。

 

そこから苦しみながらも営業を始めて半年以降には社内でトップの成績をキープしていました。

それだけでなく営業と同時並行でMLM(ネットワークビジネス・マルチ)にも挑戦し2ヶ月目で権利収入10万円を達成しました。

経歴だけ聞くと立派かもしれませんがトップ営業マンとMLMトップリーダーになっていく中で

 

「コミュ力」がいくらあったとしても誰とでもうまくいくわけではないから人間は難しいな・・・

と痛感する出来事がたくさんありました。

 

本記事ではこういった僕の経験を踏まえた上で「コミュ力」について語っていきます。

4分ほどで読み終えるのでぜひ最後までお付き合いくださいませ。

 

悲報?吉報?コミュ力が全てではない

コミュ力に頼ってきた人にとっては悲報(´・ω・`)

コミュ障に悩んでいる人にとっては吉報(*’▽’*)ですが

 

コミュ力が全てではありません。

 

コミュ力は自分をいかによく見せるのかという外側の要素が強かったりします。

その人自身の専門スキルや知性といった内側の部分がさほど良くなくても

コミュ力さえあれば優秀に見せることができます。

 

そのせいで、コミュ力の高い人を積極採用した企業が痛い目に遭ったりしています(ざまぁw)

 

実際にこちらのニュースをご覧いただけたら分かります。

コミュニケーション能力を重視するあまり、口だけは上手いが仕事ができない人ばかりを採用してしまったのだ。

「コミュニケーション強者しか採らず何もかも外注していたら業務が回らなくなったため、コミュ障のエンジニアも採るようにしたものの、彼らの扱い方が分からず邪険にしていたら皆逃げてしまったという会社の話なら知ってる」

 

主力のエンジニアがいなくなってしまえば会社は立ち行かない。「『コミュニケーション強者』は同族同士でしかコミュニケーションが取れないらしい」と結んでいた。

これに関して思うところがある人が山ほどいたようで、一連のツイートがトゥギャッターにもまとめられ22万以上閲覧されている。「それコミュニケーション強者と思っていた無能じゃん…」などと指摘するコメントが、続々寄せられていた。

 

「同質性が担保されていないとコミュニケーションできない層にそもそもコミュニケーション強者とラベリングしていいのだろうか」

「それはコミュ強ではなくてただのうぇーい族なのでは。」

「あ、これ歴史の本で何度も見たことが有る。口の上手い奴だけ側近にしていってダメになっていく王朝のパターンだ」

引用 : 「コミュニケーション強者」ばかり採用したら会社が大混乱! 口だけ上手くても仕方ない

 

つまりコミュ力は飾りに過ぎず、口の割に中身が伴わないケースが多いために

どこかで限界が発生するのです。

 

僕があるIT会社の社長と話した時に

「私立大学の子は面接でも職場でもよくしゃべるが、品のない子が多い。実際、教養もない人ばかり。早慶とか問題起こす子いるでしょ?」

「でも国立大学の子は地味だけどしっかりしてる。博報堂と電通の違いも分かっている。問題起こすような子があまりテレビに出てこないでしょ?」

 

ちなみにこの社長さんはリクルートで20年働いていたこともあり、結構しっかりした人です。

やはり小手先の見せ方に騙されない人だなと感じました。

 

また、無理してコミュ力を高めて彼女を作っても

やはり実際の性格と違うので付き合うとあとあと彼女と噛み合わなくなって別れてしまうこともあります。

というよりも、彼女の前で常に偽りの自分を演じ続けないといけないので自分自身が疲れてしまいます。

 

このように「コミュ力」という飾り付けにばかり力を入れて

中身が別物だったり空っぽだったりしたら何事も長続きしないのです。

これが「コミュ力が全てではない」と言える理由です。

 

コミュ力は全く必要ないというのではなく、ある程度は必要なものですが

過大評価すると結局は取ってつけたものに過ぎない能力だと気づきます。

いくらコミュ力があっても誰とでも仲良く話すのは不可能

「いくらコミュ力が全てではないとは言っても、誰とでも話せるなら良くない?」

という意見も聞こえてきそうですが

 

残念ながらいくらコミュ力があろうと誰とでも仲良く話すことは不可能です。

 

営業やMLMの活動で集客のためにいろんな人と仲良くなろうとコミュ力を磨く人がいますが

そういった活動をする上で研修やセミナーで教育されるのは

「誰とでも話せるコミュ力を持て」

「性別・年齢・職業がどんな人であれ仲良くできるようにしろ」

「そこらへんにいる人に話しかけて自在に会話できるようになれ」

と言った内容です。

 

ぶっちゃけ言うと無理です。

 

あなたが最高級にコミュ力が高かったとしても、仲良く話せない人はたくさんいます。

なぜなら相手に話す気がなければ会話にならないから。

 

人と仲良くなる方法として

  • 相手との共通点を3個以上見つけよう
  • 笑顔でフレンドリーに話そう
  • 相手を名前で呼ぼう
  • ミラーリングやペーシングで相手と距離を縮めよう
  • 相手に話させよう

といった心理学のテクニックがありますが

 

いくらこんな小手先のテクニックを駆使しようと

相手にそもそも話す気がなければ話せません。

 

会話が盛り上がらないことを「自分のコミュ力の無さがいけないんだ」と自己否定する人がいますが

 

いえ、違います。

 

会話はキャッチボールです。

キャッチボールでどんなに相手に取りやすいボールを投げても

相手にボールをキャッチする意志がなければキャッチボールは成り立ちません。

 

話したいか話したくないかは相手の気分次第なので悩むのは止めましょう。

 

僕が相手の立場だとしても

  • 疲れている状態
  • 自分の作業に集中したい状態
  • 何か考え事をしている状態
  • 話しかけてくる人に興味がない
  • そもそも話すこと自体が好きじゃない

なら面倒なので話を広げません。

 

なのに相手がグイグイとフレンドリーに話しかけてきたり

あれこれ質問責めされたら正直めんどくさいです。

 

その場では「そうですね」と反応しても

あとでさりげなくその人と物理的に距離を保ちます。

 

そういうことなんです。別にあなたのコミュ力が問題ではありません。

話す気分じゃないのにコミュ力おばけみたいな人が来たらもっとうっとおしく感じて、

一度トイレを理由にその場を離れ、トイレ後に他の場所へ向かいます(僕の場合です)。

 

これは割とドライに感じられるかもしれませんが

相手に何か魅力を感じたり、関わるメリットがあるなら

話す気分じゃなくてもしっかり会話しますが

 

相手が別にすごい人でもなくて関わるメリットもなく、特別に気が合いそうな感じでもなければ

自分の気持ちに忠実になってその人と離れます。

 

とは言っても嫌がらせのように露骨に避けるのではなく

さりげなくです笑

 

何だか敵をたくさん作りそうな本音を言ってしまいましたが

他の人も意識的か無意識的か多少そういう気持ちはありますので

誰とでもうまく話そうと力まなくていいですし、

「あの人とうまく話せなかった」でいちいち悩まないで割り切るのがお互いのためですよ^^

 

世の中のコミュ力偏重の正体は金儲け

コミュ力が全てではない

コミュ力があっても誰とでも仲良く話すのは不可能である

 

というのはこれまで述べてきた通りです。

 

しかしなぜ世の中はこんなに「コミュ力」を偏重しているのでしょうか。

不思議でなりませんよね。

 

たとえば書店に行くと

「誰とでも会話が続けられる方法」

「どんな人とも仲良くなれる方法」

 

といった類の本が平積みにされて売られています。

 

コミュ力の悩みは普遍的だからなのか自己啓発コーナーやビジネスコーナーに行くと

どこもかしこも同じような本が並べられています。

 

なので

「真面目な人ほどそういった本を鵜呑みにして

うまく話せない人と出会うたびにますます悩むんだろうな・・・」

と思ってしまう僕です。

 

本に限らずセミナーだってネット上だって「コミュ力」や「話し方」をテーマにしたものが数多くあります。

 

実は、人間が普遍的に悩むネタはターゲットが広くて需要が尽きることがないので

金儲けに利用されやすいんです。

 

正しいのか正しくないかではなく

金になるかで世の中が成り立っているので(当ブログで何度も言ってますが「資本主義」の世の中です)。

 

なので「コミュ力」を必要以上に考えず

自分に正直になった方が生きやすかったりします。

 

まとめ

  • 悲報?吉報?コミュ力が全てではない
  • いくらコミュ力があっても誰とでも仲良く話すのは不可能
  • 世の中のコミュ力偏重の正体は金儲け

コミュ力について必要以上に悩むのはバカバカしいと分かっていただけましたでしょうか。

もちろんコミュ力が全く要らないと言っているのではありません。

 

相手視点で円滑なコミュニケーションが取れるようになるのは大事です。

しかしあまりにも「コミュ力」を偏重されすぎて何だか生きづらくなっている人が若い人に多いんじゃないかと思います。

何事もほどほどが一番です。

「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し」とはよく言ったものです。

 

本記事をきっかけに生きやすくなる人が増えてくれると嬉しいです^^

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