【謝るのが嫌いな人へ】謝るのは本心ではなく手段と考えるべき理由

この記事は以下に当てはまる人にオススメです。

  • 謝るのが苦手だ
  • 謝るのが嫌いだ
  • 謝ることが悔しい
  • 謝ること自体にプライドが許せない
  • 自分が悪くないのに謝る社会の風潮が嫌いである
  • 謝れなくて人間関係がうまくいかないことがある
  • 謝れなくて損したことがある
  • 素直に謝れるようになりたい
  • 社会生活をスムーズに送れるようにしたい
  • 人間関係での損を最小限に減らしたい

こういった人の悩みを解決していきます。

本記事の内容

  • 謝りたくない人の心理
  • 「謝る=本心の謝罪」ではなく「謝る=手段」と考えるとラク
  • 謝れる人と謝れない人の例(ひろゆきさん&ホリエモン)
  • 有名人が謝罪するのは損害を最小限に抑えるため

謝らずに強情になって物事を面倒な方向に持っていく人、周りにいませんか?

あるいはあなた自身が謝りたくないタイプの人間だったりしませんか?

 

僕もその気持ちはある程度分かります。

僕の場合は自分に本当に落ち度があるのなら素直に謝りますが、

明らかに自分が悪くないのに謝ることが許せないタイプの人間です。

しかしそういうタイプの人は社会をうまく生きていけないので考えを改めた方がいいです(僕も改善途中です)。

 

なぜなら社会生活を送ると理不尽に頭を下げることが当たり前だからです。

自分以外の職場の人間(部下・同僚・上司)のミスなのになぜか連帯責任を負わされたり、

商品の開発側や上層部が悪いのに接客担当や営業マンばかりクレームの矢面に立たされてしまうとか

(学生に分かりやすくするためアルバイトで例えれば居酒屋のキッチン側のミスなのにホール側が直にお客さんに怒鳴られるとかです)。

 

そう考えたら自分が悪くないのに謝らないといけない状況なんて当たり前なのが世の中です。

理屈や道徳心よりも利益が全てなのが「資本主義社会」ですから。

 

そのような理不尽なルール下において人生というゲームを攻略するためには、

余計な感情や正義感を捨てて合理的にルールに従った方がラクです(サイコパス的な考えを持っておくと得しやすいです)。

今回はこの原則を基に、「謝る」ことを手段として考えて使おうというのがテーマになります。

謝ることにプライドが許せない人は本記事をきっかけにもっと賢く快適に生きましょう^^

 

以下で具体的に解説していきます。

4分ほどで読み終えるのでぜひ最後までお付き合いくださいませ。

 

謝りたくない人の心理

謝りたくない人の心理はすごく簡単です。

結論から言うと、プライドが高いから。

謝ることで自分のプライドが傷つく(顔に泥を塗る、メンツが潰れる)のをすごく嫌がるのです。

 

なので何かと悪者にされがちな「プライド」ですが、

一概に「プライドを捨てるべきだ」という意見に僕は賛同できません。

なぜならプライドには良いプライドと悪いプライドの2種類があるからです。

 

「誇りのプライド」と「見栄のプライド」は別物

 

「誇りのプライド」

自分自身の生き方や信念、仕事におけるプロ意識、自分の手で作り出す作品などに対するプライドです。

充実して幸福な人生を送るために必要なプライドです。

「見栄のプライド」

自慢話が好きだったり、高級ブランド品を全身にまとっている自分に酔ったり、SNSで自己顕示欲の強い写真(キラキラしたお姉様方のインスタを見れば分かるかと)を連投したり、

職場で誰かをおとしめて相対的に自分の評価を高めたりする、自分をいかによく見せるかの虚栄心に満ちたプライドです。

薄っぺらくて表面的なものに過ぎない強情さを出してしまうので捨てた方がいいです。

 

「プライドを捨てるべきだ」という意見は両者を共に捨てることを意味してしまうので僕は反対します。

必要なプライドは持ち、不要なプライドは捨てればいいのです。

 

謝らなくて強情な人は「見栄のプライド」が強い傾向にあります。

逆に「誇りのプライド」を持ってる人は自分の仕事に誇りを持って取り組んでいるのでプロ意識を持って真摯に対応します。

 

なので謝るのが苦手な人はこれらのプライドの区別つけて「見栄のプライド」は捨てることを意識しましょう。

 

「謝る=本心の謝罪」ではなく「謝る=手段」と考えるとラク

「謝る=本心の謝罪」という固定観念がありませんか?

だから謝ることに抵抗ができてしまうのです。

「謝る=手段」と考えてください。

(こんなこと言うと僕が本心で謝りたい場面があったときに信じてもらえなくなりそうですが汗)

 

「謝る=本心の謝罪」だとか、

ドラマ『ファーストクラス2』の川島ナミ絵がコールセンターに配属されてたときに言ってたように

謝罪と書いて敗退と読む

陳謝と書いて連敗と読む

土下座と書いて…土下座と書いて… コールド負けと読む

なんて思っていたら無駄な損失ばかり受けてしまいます。

 

謝って済むんだったら謝っておいた方が良くないですか?

謝らないことでもっと問題が大きくなるならさっさと謝って最小限に被害を抑えた方が良くないですか?

謝っている人を責め続けている人間は周りから評価落ちるので、謝っておけばこちらが被害者として同情してもらえますよ?

 

つまり、

謝ったほうがメリットがあるなら謝っておけば?

ということです。

本心でなくてもいいです。

接客業でお客さんからクレームがあったときにまず最初に「すみません」とか「申し訳ございません」と形式的に言うのと同じようなものです。

理不尽なクレーマーが来たとしてもとりあえずひたすら謝罪しておけばそのうち怒るネタが尽きて帰ってくれるんだから、変に反発して面倒な時間を延ばさないようにした方が得です。

 

ひとことでまとめると「謝る=手段」なのです。

謝るという手段を取ることによってメリットが得られるのであればその手段を使えばいいだけの話です。

土下座した方がさっさと解決するなら土下座すればいいじゃないですか。

それで相手が「分かった分かった!もういいよ!」と態度を軟化してくれたら成功です。

 

見栄のプライドが高い人は謝ることを「人生における敗北」レベルに考えすぎです(僕も元々そういう人でしたが)。

メリットのために使える手段は合理的に使う。

「謝る」というのはその一つ手段に過ぎません。

「謝る」こと自体にそれ以上の意味もないしそれ以下の意味もありません。

 

とはいえ、こういうことを言うと倫理的にあーだこーだ批判する人が出てきそうなので言っておきますが

結果的にwinwinになれば良くないですか?

謝罪されれば相手も満足しますし、それでトラブルが収まれば周りも被害を受けなくて済む。

そして自分にとって面倒な負担も減る。

みんなにメリットがあって幸せになりますね^^

 

逆に、メリットが得られないのであれば謝る必要はありません。

謝ると立場を危うくしてしまう特殊な場面があれば謝らない方がいいです。

あくまでも目的のために手段(謝罪)を使うわけですから。

目的に合わなければ手段は不要です。

都内から北海道に向かうという目的があるのに横浜市営地下鉄に乗るという手段は必要ないわけですよ。

 

なのでむやみに謝ればいいのではなく、やはり手段として有効なときに使えばいいだけです。

余計な感情は捨ててあくまでも合理的に「謝る=手段」と考えましょう。

 

謝れる人と謝れない人の例(ひろゆきさん&ホリエモン)

謝れる人と謝れない人の分かりやすい例が

2ちゃんねるの創設者ひろゆきさんと、ホリエモンこと堀江貴文さんです。

お二人が『橋下×羽鳥の番組』という討論バラエティに出演されていた回がありました。

番組当初は堀江さんが不在のまま進行していましたが、少し遅れて堀江さんが到着されました。

 

一見すると堀江さんは遅刻しているのですが、元々忙しくて番組側にも遅れることは了承いただいているとのことなので

「遅れたけど自分に非は全くないので謝らないよ」と意地を張ったような感じで登場しました。

それに対して杉村太蔵さんら他の出演者たちからはブーイングがありましたが、

その場にいたひろゆきさんが「謝ってその場がおさまるなら謝っとけばよくないですか笑」と言ってて面白かったです。

 

堀江さんを悪く言うつもりは全くありませんが、

堀江さんは自分に正直すぎて曲げないので敵を作ってぶつかるタイプ(謝ることが苦手)で

ひろゆきさんは相手にうまく合わせて飄々(ひょうひょう)とするタイプ(謝ることを手段として考える)

であることがよく分かる場面です。

 

堀江さんとひろゆきさんはIT起業の先駆者として世間では同じように持ち上げられますが、

両者の気質は全然違うなと個人的に感じます。

ひろゆきさんが堀江さんよりも敵を作りにくい理由はここにあると思います。

有名人が謝罪するのは損害を最小限に抑えるため

テレビのニュースでよくあるのが政治家や芸能人の謝罪会見です。

あれを見て優越感に浸る視聴者もいるかもしれませんが、彼ら(彼女ら)が本当に本心で謝罪してると思いますか?

 

確かに本心で謝罪している誠実な人も中にはいるかもしれませんが、考えてみてください。

政治家や芸能人がスキャンダルを起こして謝らなかったらいろいろと損害が大きくなりませんか?

 

政治家が国民の前で頭を下げなければ支持者は激減し、今後も選挙で投票されなくなります。

芸能人が不倫しようがしまいが視聴者にとっては他人事に過ぎないし、ぶっちゃけ個人的にどうでもいいのですが

それでも謝罪するのはやはりイメージのためです。

謝罪しなければその芸能人が出ているCMの商品のイメージも悪くなって、スポンサーから膨大な損害賠償を請求されるのですから。

ベッキーさんの不倫騒動だけで損害金が5億円と言われてます(ベッキーさんの謝罪が本心かどうかの話は関係ありません)。

 

そう考えたら有名人が自分の評判維持や損失回避のために形式上、

または建前として「謝る」という手段を使うことは世の中では普通にあります。

本心では「解せぬ」と思っていても仕方なく頭を下げるのです。

もちろん全員が全員とは言いません。

中には本当に誠実な人もいるとは思いますが、こういう世の中の現実も知っておいたほうがいいのではないかと。

 

まとめ

  • 謝りたくない人の心理
  • 「謝る=本心の謝罪」ではなく「謝る=手段」と考えるとラク
  • 謝れる人と謝れない人の例(ひろゆきさん&ホリエモン)
  • 有名人が謝罪するのは損害を最小限に抑えるため

というわけで、「謝る=手段」として利用していきましょうよって話でした。

 

謝るのが苦手で損をする人は

「見栄のプライド」を捨てて「誇りのプライド」を持ちましょう。

「謝る=本心の謝罪」という固定観念を捨てて「謝る=手段」と考えましょう。

こうすると余計な波風を立てたり面倒なトラブルが増えたりしなくてラクですね。

賢く快適に生きられます。

 

とはいえ、謝るという手段を使って関係修復しても何もメリットがなければ

無理に謝る必要もありませんし関係修復する必要もありません。

このあたりの理解を深めたい方はこちらの記事をご覧ください^^

喧嘩した後に仲直りすべきかどうか問題【関係修復の必要性について】

 

最後に、謝罪と関連して本記事とは趣旨がズレますが

 

アメリカでは「I’m sorry法」を採用した州が増えてきているとのことです。

元々、訴訟大国アメリカでは事故が起きた際に「I’m sorry」と加害者が言うだけで裁判では

「あなたは過失を認める発言をしましたね。」と言われて加害者側が不利になることから

本心では悪いと思っていても決して謝らないという風潮があったのですが

「I’m sorry法」のおかげで謝罪が裁判での判断材料にされないので安心して謝れるようになったのです。

 

謝罪について学ぶと面白い発見が多いですね^^

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